「とにかく急場でしたので、名前を聞くのは後回しにしていたら、あなたは町に着くなり気を失って、親衛隊のひとりがあなたの名前を言うのを聞いたとき、ホッとしたのと同時に、猛烈にムカつきましたね」

ううん。朗らかに“ムカつきましたね”とか言われましても私は困る。

でも、じっと見つめられると、恥ずかしくなって顔が赤らんできた。

「その後が傑作でしたねぇ。騎士団長は手負いの熊みたいにあなたを取り返そうとするし、私は私であなたを手放さなかったら、あなたの母上に諭されました」

「へ?」

思わず間抜けな声を上げてしまったけど、ウォル殿下の表情は……笑ってるけど目が笑ってない。

笑顔が真顔に見えてしまうって、なんだろう、私の目がおかしいのか、ウォル殿下がおかしいのか。

そこはかとなくウォル殿下が怖くて、嫌な汗が流れてきそうだけども!

とにかく落ち着こう。

グラスの中味を飲み干すと、空になったそれをテーブルに置いた。

「ウォル殿下は一目惚れだとでもおっしゃるつもりですか? 人となりもわからない人間を、知りもしないで妃に望まれたと?」

「ええ」

こ、肯定しやがりましたね⁉

「わ、私は、おしとやかな令嬢とは違って、乱暴者として通っておりますので、王族の妃などは務まりませんわ」

「気になりません。申し上げましたでしょう? 優雅なだけが王族ではありません。特に我が国が先の戦乱を免れ続けたのも、そういう荒事を事前に回避し、制してきたからに過ぎないです」

先の戦の時には、私はまだ生まれていないんだったら!

でも、言っていることの意味はわかる。

長く戦禍を免れているうちの国だけど、近隣で戦がないわけじゃない。