嘘をつく唇に優しいキスを


誰の声かなんて見なくても分かる。
この声は新庄くんだ。

「新庄くん、二次会はどうしたの?」

「いや、明日ちょっと予定があるので帰らせてもらったんです」

北見さんの言葉に新庄くんが答える。
二次会に行く途中で引き返したのかな。

「そうなのね。まぁ、このまま行けば午前様は確実だもんね。そっか、新庄くんが送ってくれるなら私も安心して麻里奈を任せられるわ」

北見さんは私に向かって微笑む。

「じゃあ、よろしく頼むわね。麻里奈、少し足元がフラついてるみたいだったから」

「はい、分かりました」

「麻里奈、そういうことだから新庄くんに送ってもらいなよ。じゃあ、また来週!」

北見さんは右手を振り、旦那さんの待つ車へ向かって歩いて行った。

嘘でしょ。
私と新庄くんがポツンと残されてしまった。

このままじゃ、新庄くんと一緒に帰ることになってしまう。
あんな結婚話を聞いたあとじゃ、冷静に話なんて出来ないよ。

「新庄くん、北見さんはああ言ったけど私は電車で帰れるから。わざわざ声をかけてくれたのにごめんね。お疲れさま」

言いたいことだけ言うと、この場から逃げたい一心で足を踏み出した。

「待てよ」

だけど、いとも簡単に腕を掴まれた。

「離して。一人で帰れるから」

「うるさい。いいからおとなしく言うことを聞け」

有無を言わさず、私の腕を掴んだまま新庄くんは歩き出した。