伊藤が帰った後、俺の携帯に知らない番号からの着信が何度も来ていたことに気がついた。
個室だし、ここでかけても構わないよな。
気になって、すぐにその番号にかけてみた。
“はい、もしもし”
出たのは、若い女の子だった。
“もしもし?”
“あっ、真崎さんですか!?”
“そうだけど…君は?”
“塩田です! 佐奈ちゃんの友達の”
そこで、ようやく思い出す。
確か彼女には、何かあったときの為にと俺の番号を控えてもらっていたのだ。
“あ~そっか、そっか。ごめんね。万里ちゃんだよね? 何度も電話くれてたみたいだけど何かあった?”
“実は……”
彼女は昨日の帰りに、佐奈の身に起こった出来事を話してくれた。
駅の階段で見知らぬ女に突き飛ばされたという衝撃の事実だった。
“そっか。教えてくれてありがとう”
“真崎さん、どうか佐奈ちゃんのこと守ってあげて下さい。突き落とした女性はきっとまたやると思います”
彼女は泣きそうな声で何度も俺に訴えていた。
電話を終えた後、光輝が言っていた言葉をふと思い出す。
“佐奈ちゃんから聞いたと思うけど、あの日は佐奈ちゃんが噴水に落ちて”
そう、光輝は“佐奈が噴水に落ちた”と言っていた。
あの時は信じていなかったけど、本当だったのかもしれない。
噴水に自分から落ちるなんて考え憎いから、きっと佐奈は誰かに突き落とされたんだろう。
でも、どうして佐奈が狙われた?
考えられるとしたら、やっぱり光輝の女関係だよな?
いや…光輝の女関係ならちゃんと確認してあるし、俺も把握している。
あんなにモテるくせして、浮いた噂のひとつもなかったはずだが…。
ん?
でも、一人いたか。
確かホテルの従業員。
上手くいきそうだったのに、何故かホテルを辞めて、マンションも引き払い、理由も告げずに光輝の前から姿を消した女が。
だが、もう2年も前の話だ。
その彼女だって、光輝が婚約したことさえ知らないだろうし、ストーカーでもなければ…。
ん?
ストーカー…。
そこで、ハッとする。
一人いた。
光輝のストーカーっぽい女!
ホテルのブライダルサロンにいる従業員だ。
いつも光輝のことを目で追っているし、光輝の飲んだコーヒーカップを嬉しそうに一人で眺めていたりもする。
忘れ物を取りに行って、たまたま目撃してしまったのだ。
ただの片想いだと思って光輝には黙っていたけれど、もしかしたら、二年前に姿を消した彼女の件も何か関係しているのかもしれない。
だとしたらマズい。
今日はまさにそのホテルでパーティーが行われるのだ。
佐奈を狙う絶好のチャンスじゃないか。
俺は腕から点滴を抜き、急いで服を着替えた。
そして、痛み止めをスーツのジャケットに突っ込むと、そのまま病室から抜け出したのだった。



