家に帰ってくると、佐奈の機嫌は治っていた。
そして、
『ねえ、圭吾。夕食どうしたらいいかな。マサヨさんがたくさん買い置きしておいてくれたんだけどね』
佐奈は冷蔵庫を開けながら必死に考えていた。
『野菜も揃ってるし、鍋でいいんじゃない?』
『圭吾、鍋作れるの?』
佐奈は目を輝かせながら振り向いた。
『鍋くらい簡単だよ。佐奈にだってできるよ』
クスッと笑うと、佐奈は嬉しそうに頷いて、エプロンを取りに行った。
そして、3分後。
佐奈はメイドのようなフリフリのエプロンをつけて戻ってきた。
『このエプロンね、昔、お母さんが買ってくれたんだけど一度も使ったことがなくてね』
なんて照れながら、佐奈は俺の横にピタッとくっついた。
まいったな。
何でこんなに可愛いいんだよ。
思わずため息をつくと、佐奈が『何?』と俺を見上げた。
『何でもないよ』
佐奈の頭にポンと触れる。
『じゃあ、そろそろ始めるか』
『うん。私は何をすればいいの?』
『そうだな。じゃあ、野菜を洗ってもらおうかな。切るのは俺がやるから。あ…鍋の近くには危ないからあんまり近寄らないで』
言ってしまってから、ハッと気づく。
せっかくやる気満々だった佐奈に、それはないよなと。
でも…。
佐奈の綺麗な指に傷なんて作りたくないし。
やけどなんて絶対にさせたくなかったのだ。
社長のことを過保護だと思っていたけれど。
俺だって相当なものだった。
『なんか…ごめんな』
『ううん。私、洗うの好きだからいいよ。これから私は野菜洗う係と食べる係ね』
佐奈はそう言って笑っていた。
……
『ごちそう様でした』
佐奈は箸を置き、手を合わせた。
『ずいぶんよく食べたね』
『だって、圭吾が作ってくれた鍋、美味しかったんだもん。それに、こうして二人で食べてると、なんだかまるで新』
佐奈がハッと言葉を止めた。
俺も聞かなかったことにして席を立つ。
“まるで新婚みたい”
俺だってそう思ったから。
愛しくて…。
切なくて…。
胸がキュッと苦しくなった。
夕食の後、佐奈がリビングのテーブルに大学のテキストを広げた。
『佐奈。もしかして試験近いの?』
俺の質問に佐奈はそうだと頷いた。
明後日から試験だから見合いはずらして欲しいと言う。
『分かったよ。佐奈の試験が終わってからにしような』
そう言いながら、ホッとしている自分に気づく。
ダメだな…。
どんどん佐奈を手放したくなくなっていく。
別れの日はすぐそこまで迫っているというのに。
俺はノートパソコンを開き、持ち帰ってきた仕事を始めた。
佐奈が夜中の1時まで頑張りたいと言うから、その見張り役も兼ねてだったのだけれど。
深夜12時。
佐奈が寝ていたことに気づき、慌てて起こす。
『うーん。もう食べれないかも……』
思わず笑ってしまった。
もう、勉強はムリそうだな。
『佐奈…ここで寝たら風邪引くよ。ベッド行こう』
『うーん。もう少し』
寝ぼける佐奈を抱き上げて、彼女をベッドへと運んだ。
『佐奈』
彼女の寝顔に手を伸ばす。
『愛してるよ』
彼女のおでこの髪をかき分けながら、そこにおやすみのキスを落としたのだった。



