それでもあなたを愛してる


佐奈を大学に送り届けて、秘書課に顔を出すと、伊藤七菜が俺の元へとかけよって来た。

『おはよう、真崎くん。お嬢様の件は解決したの?』

『ああ。俺が一緒に住むことにした』

『え?』

『これからは溜まった仕事は家に持ち帰ることにするよ。佐奈の送り迎えや、食事の支度もあるから』

『そう』

『悪いな』

『あ、ううん。そんなのは構わないんだけど。だって、真崎くん、今は有給消化中だし……』

伊藤は心配そうに俺を見つめる。
不安に思うのも無理はない。
社長が入院し、後を引き継くばずだった俺までも会社を辞めてしまうのだから。

『色々迷惑かけてすまないな。まあ、佐奈の縁談が上手くいけばの話だけど、あとの事はこいつに任せることになると思うから。仕事もできて、信頼できる男だよ』

俺は光輝の名刺を手渡した。

今、俺がしている社長代理としての仕事は、佐奈と光輝の婚約が決まり次第、すぐに光輝に引き継ぐことになっている。

これは、先日光輝が社長のお見舞いに来た時に、三人で決めた事だった。

『あっ、それとさ…もし俺に何かあったら、彼に連絡を取ってくれないかな。俺が帰って来なかったら佐奈も不安がると思うし、佐奈を迎えに行くように伝えて欲しいんだ』

伊藤は俺の言葉に、少し複雑そうな表情を浮かべた。

『ねえ、真崎くん。お嬢様や会社のことも大事だと思うけど、もう少し自分のことを考えたらどうかな? セカンドオピニオン…まだしてないんでしょ? どこかに手術を引き受けてくれる病院だって、まだあるかもしれないし』

『まあ…そうなんだけどな。もう少し佐奈の事が落ちついたらだな』

伊藤の気持ちはありがたかったけれど、脳神経外科の名医である主治医から、“今の日本でこの症例のオペをできる外科医はいない”とハッキリ言われてしまったのだから、望みはゼロに近かった。

『まあ、とにかく何かあったら私を頼ってね。私は真崎くんの見方だから』

伊藤はそう言い残して、秘書課を出て行った。