社長の発作は、幸い命に関わるような重篤なものではなかったものの、普通に日常生活を送るのは難しいとの判断から、そのまま入院となった。
観念した社長は、佐奈に自分が心臓病であることと、余命がそれほど長くないことを伝えた。
ショックを受けた佐奈は、誰もいないロビーの片隅で一人泣き続けていた。
もう、これ以上は無理だ。
彼女の精神状態はボロボロだ。
このまま佐奈に冷たくして、恨まれながら消えるつもりだったけれど。
『ほら、体冷えただろ?』
俺は彼女の好きなミルクティーを差し出して、佐奈に声をかけた。
『ありがとう』
佐奈は目を真っ赤にさせながら、素直に受け取った。
『佐奈。送って行くから一旦家に帰ろう。医者も言ってたけど、今は病状も安定しているし、そんなに心配ないそうだから』
俺は渋る佐奈を説得して車に乗せた。
佐奈は車の中で、社長の病気を知っていたのかと俺に尋ねてきた。
俺は知っていたと答え、社長がどんな想いで佐奈に縁談を勧めたのかを話した。
もちろん俺の病気のことは言えなかったから、半分は嘘だったけれど。
それでも、娘を想う社長の気持ちは伝わったと思う。
『佐奈…。社長の気持ちをくんで縁談の件を前向きに考えてみたらどうかな? これは佐奈の為でもあるし、佐奈だって社長を安心させてあげたいだろ?』
俺の言葉に、佐奈は涙を溜めて言う。
『気持ちはまだ……圭吾にあるのに?』
胸が苦しくなった。
ごめんな。佐奈。
また俺は佐奈を傷つけてしまう。
でも、これは佐奈の為だから。
大きく息を吸って、心を鬼にする。
『ごめん。俺に期待しても時間の無駄だから。今すぐ諦めて』
『そっか。あんなに好きって言ってくれたのに、ホントに全部お芝居だったんだね。分かったよ。お見合い…考えてみるよ』
落胆した佐奈の口から、ようやく前向きな返事が返ってきた。
『そうか。じゃあ、縁談の件は社長の代わりに俺が責任を持って進めるから。もう、佐奈は俺の顔なんて見たくないだろうけど、社長から託された最後の仕事だから…。ごめんな』
こうして、俺は恋人を親友に引き合わせるという最も過酷な試練を与えられてしまった。



