その夜、俺は光輝のマンションを訪ねた。
『おまえが家に来るなんて珍しいな』
そう言って、リビングにコーヒーを運んできた光輝に、俺は意を決してこう言った。
『光輝……頼む。佐奈と結婚して、俺の代わりに彼女を守ってやってくれないか』
『は?』
さすがに光輝も口をポカンと開けて驚いていた。
『おいおい。おまえ、いきなり何言い出すんだよ』
苦笑いを浮かべる光輝。
俺はそんな彼にこう続けた。
『前に佐奈の写真見てタイプだって言ってたよな? もし俺の恋人じゃなかったら口説いてるところだって』
『いや、だけどな、おまえ』
『それに、おまえは親から、一年以内にどこかの社長令嬢と結婚するように言われてるんだったよな? 江波家の娘なら申し分ないじゃないか』
すると、光輝は呆れたような顔で俺を見た。
『いやいや、ちょっと待てって…。確かにそうだけどな、だからって、何でそんな話になるんだよ。彼女のことは、命よりも大事なんじゃなかったのか?』
『ああ。佐奈は命よりも大事だよ。だから、こうして、おまえにお願いしてるんだ。頼む、光輝……おまえしかいないんだよ。佐奈を安心して託せるのは。このままじゃ俺は……俺は死んでも死にきれない』
いつの間にか、頰に涙が伝っていた。
病気を告げられてから、これが初めて流した涙だった。
光輝は何も言わずに、俺が再び話し始めるのを待っていてくれた。
そして、
『実はな…光輝』
俺は光輝に病気のことを打ち明けた。
光輝は俺の話を聞いて、随分ショックを受けている様子だったけれど。
しばらくして、こう言った。
『事情はよく分かったよ。多分、俺はおまえの言うとおり彼女を愛していけると思う。昔から、おまえとは女の好みもかぶってたしな。でも…彼女の方はそうはいかないんじゃないか? 死別はそんなに簡単に吹っ切れるものじゃないだろ?』
光輝の言葉に俺は頷いた。
『ああ……だから俺は、生きてるうちに佐奈と別れるよ。彼女に未練を残さない方法で、彼女の前から消えるつもりだ』
こうして、俺は、佐奈が光輝を愛せるように、苦渋の決断をしたのだった。



