『真崎くん、大丈夫? この頃様子が変だけど、何かあったの?』
会社の休憩室で、同じ秘書課の同期、伊藤七菜に声をかけられた。
『いや、まあ…うん。ちょっとな』
結局、病気のことは誰にも打ち明けられぬまま、一週間が過ぎていた。
『悩み事があるならいつでも聞くわよ。今度、久しぶりに飲みにでも』
『ありがとな。でも、大丈夫だから』
俺はそう言って席を立ち、休憩室を後にした。
そのまま誰もいない非常階段に出て、久しぶりにタバコを吸った。
佐奈と付き合うようになってから、ずっとやめていたけれど…この耐え難い絶望感の中、吸わずにはいられなかった。
俺はこの一週間、ずっと佐奈のことばり考えていた。
母親を亡くした時、ショックでしばらく口も利けなくなってしまったという佐奈。
半年後、俺と社長が一度にいなくなってしまったら、彼女はどうなってしまうだろうか。
もうすぐ、彼女が信頼していた家政婦も江波家を去ってしまう。
ただでさえ何もできない佐奈が、あの広い家で一人きり。想像するだけで胸が苦しくなった。
こんな時に、彼女を支えてくれる友人の一人でもいてくれればいいのだが……。
“もう無理して友達なんて作る必要ないよ。佐奈には俺がいるだろ? 俺がずっと佐奈のそばにいてやるから”
あんな無責任なことを言ってしまった自分を呪いたくなる。
それに、社長がこの世を去って佐奈に莫大な遺産が相続されたら、子鹿を狙うハイエナのごとく男達が目の色を変えて佐奈に近づいてくることだろう。
ちゃんと佐奈を愛してくれる男ならまだしも。
冗談じゃない。
このままじゃ、佐奈が不幸になってしまう。
一体どうしたらいいんだ。
俺は非常階段の柵に頭をつけて、項垂れるようにため息をついた。
と、その時だった。
俺の頭に、ふと光輝の顔が浮かんだのだ。



