「失礼します。コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」
父への報告を無事終えて、私達はサクラージュホテルのブライダルサロンに来ていた。
「あ…はい。紅茶でお願いします」
私は女性スタッフの問いかけに、背筋を伸ばしたまま、そう答える。
「専務はブラックのコーヒーで宜しかったですよね?」
「ああ。悪いね。よろしく」
「かしこまりました」
彼女は丁寧にお辞儀をすると、ヒールをコツコツと鳴らしながら奥へと入って行った。
まだ打ち合わせは始まっていないけれど、
何だか敵地に乗り込んでしまったような居心地の悪さ。
あちこちから、女性スタッフ達の鋭い視線を感じるのだ。
皆な表面上はニコニコと応対してくれるのだけど。
『どうして、あんな子が専務の婚約者なの?』
そんな影口が、今にも聞こえてきそうだった。
………
「もう8時半か…。随分かかっちゃったね」
ホテルの最上階へと向かうエレベーターの中。
西島さんが腕時計を見ながら呟いた。
「そうですね」
さすがに私も疲れきってしまった。
だって二時間半もの間、ずっと緊張状態だったのだから。
「お腹空いたでしょ。もう少しの辛抱だからね」
「はい」
西島さんは夜景の綺麗なレストランを、私の為に予約しておいてくれたらしい。
「そう言えば、食べて帰ること、圭吾に連絡してある?」
「あ…、いえ、実はまだ…」
私は首を横に振る。
ご飯を作ってもらっている身でマズいとは思いつつ。
七菜さんとの手繋ぎツーショットを引きづってしまい、連絡しそびれていたのだ。
「そっか。じゃあ、圭吾には僕から伝えておくよ」
「すいません。ありがとうございます」
けれど、次の瞬間、
西島さんは、自分のポケットに手を突っ込みながら「あっ」と小さく声を上げ、苦笑いを浮かべた。
「え?」
「佐奈ちゃん、ごめん。さっきの場所にスマホを置いてきたみたいだ。悪いんだけど、このエレベーターで引き返すから、佐奈ちゃんは先に降りて待っててくれるかな?」
「あ、はい。分かりました」
こうして、急遽、最上階で待つことになった私。
ライトに照らされた小さな噴水を見つけ、しばらくボンヤリと眺めていたのだった。



