「そんなの嘘!嘘だよね?」

私はすがるように、圭吾の腕にしがみついた。

「何か事情があるんだよね? お願い! 本当のことを教えて! ねえ、圭吾!!」

必死に訴えかける私を見て、圭吾は深くため息をついた。

「分かったよ。そんなに信じられないなら、今から証拠を見せるから」

「……証拠?」

「とりあえず、うちに来て」

圭吾は私にそう告げて、足早にエントランスの中へと入って行った。

一体、私に何を見せる気なのだろう。
圭吾の背中を追い掛けながら、私は必死に考えていた。

1021号室。
圭吾は自分の部屋の前まで来ると、インターホンを押した。

『ピンポーン』

独り暮らしなのにどうして?
誰かいるの?

不思議に思っていると、インターホン越しに女の人の声が聞こえてきた。

「おかえり、圭吾。今、開けるわね」

そこで、ようやく理解した。
圭吾は恋人を見せる為に、私を部屋まで連れて来たのだと。

ズキンと激しく胸が痛み、涙がこみ上げてきた。

泣かないように必死に堪えていると、ガチャとドアが開いて中から女性が顔を出した。

「あなたは……」

その顔に見覚えがあった。

伊藤七葉さん。
圭吾の同期で同じ秘書課にいる人だ。

容姿端麗で仕事のできる大人の女性。
付き合って間もない頃、私は彼女にヤキモチを妬いて、圭吾を困らせたことがある。

「お嬢様。どうもお久しぶりです」

七葉さんは、にっこりと微笑んだ。
全てを知っているという余裕の笑みだ。

そして、彼女の左手の薬指には、キラリと大粒のダイヤが光っていた。

悔しさと嫉妬と絶望感。
ありとあらゆる負の感情が一度に押し寄せてくる。

「これで分かってくれた?」

放心状態の私の耳もとで、圭吾が呟いた。

頭の中が真っ白になって、もう、立っていることさえ限界だった。

「帰る……」

マンションの廊下をふらつきながら歩き出すと、圭吾がすぐに追い掛けてきた。

「送ってく」

「いい! もう、ほっといて!」

私は圭吾の手を乱暴に振り払い、エレベーターへとかけ込んだ。

「待てよ、佐奈」

圭吾は閉まりかけたドアから滑り込む。

「タクシー代もないのにどうやって帰る気だよ? 電車だって、乗れないんだろ?」

確かに圭吾の言う通りだった。
でも、意地でも圭吾になんて送ってもらいたくない。

「別に…。もう私は彼女でも何でもないんだし、心配なんてしてくれなくて結構だから!」

エレベータの中で大声を張り上げると、圭吾は壁に両手をつき私を見下ろした。

「悪いけど、佐奈に何かあったら俺が困るんだよ。約束の報酬がもらえなくなるだろ?」

ゾクッとするような低い声。
目の前にいる圭吾は、もう私を愛してくれた圭吾ではなかった。