「紅茶をいれた。少しは休んだらどうだ。まだ怪我も完全には治りきっていないだろう」




紅茶のセットを乗せたカートを押しながら鹿島さんが入ってくる。
鹿島さんは、今回の件の責任を感じているのか、最近やけに優しい。


別に、責めるつもりはない。



私と幸子お嬢様を天秤にかければ、どちらを優先するべきなのかは一目瞭然。
それでも、やっぱり許せないと思ってしまう自分が居るのは。


あの時の絶望が、忘れられないから。



感じた恐怖に、縋るものがなくて。
助けてくれると信じていたはずの人は、私じゃなくて別の人の元に走っていっていた。



オートバイの人に押された瞬間、一瞬だけ見えたその男のギラギラした表情。
あれ…。
なんで表情が見えたんだろう。



そうだ。
シールドが上がっていた。
下げ忘れていたのだろうか。


男だった。
私よりは年上だけど、年配ではない若い男。
あれは、宇都木の親戚の手の者だったんだろうか。