翌日。
 チラリと視界の端に捉えた動きにペンを持つ手を止め、顔を上げた。
 先程から何も変わらない一室。
 後処理のため与えられた小さな部屋でクスイ国の重臣が、書類整理に追われている。
「クーデノム様、どうされました?」
 その様子に気付いた上司ハイニが声をかけてくる。
「いえ…ちょっと抜けてもよろしいですか?」
「えぇ、こちらは大丈夫ですので気にせずに」
 穏やかなハイニの言葉に甘えることにしてクーデノムはペンを机上に置いて立ち上がった。
「ありがとうございます」
 礼を言って部屋から辞したクーデノムは中庭へと足を向ける。
 視界に捉えたのは金の残影。
 綺麗に整備された緑が陽射しを浴びて青々と輝く中、戸惑った様子で座り込んでいる彼女の後姿を見つけた。
「また足でも挫きましたか?」
 そうでないと判っていながら彼女に手を差し延べ微笑んで見せる。
 突然の彼の出現に驚きながらも、セーラはクーデノムの手を素直にとって立ち上がった。
「今日はテニトラニスへ帰られるんでしょう?」
「その前に少しでもと思って抜けて来てしまいました」
「では送らせて頂きます」
 繋いだ手は離さずにそのままセーラを連れて歩き出す。
 セーラも笑顔で後を着いて行った。
 そんな二人の姿を偶然、窓から外を見たハイニが驚きの表情で眺め、見守るように穏やかな微笑を口元に浮かべたことなど、クーデノムは気付かなかった。
 大きな屋敷が立ち並ぶ中、クーデノムはセーラに合わせた歩調でゆっくりと歩いていく。
 会話もなく何故か無言。
 それでも気まずい雰囲気など全く感じられない。
 小さく握り返してくる手の温もり。
 すっぽりと収まる小さな手に感じるのは恋慕なのか庇護欲なのかは判らない。
 でも他の女性には感じなかった想いがあるのは事実。