「優里亜」


背後で叫ぶ男の声に階段を駆け下りるが、絨毯で抜けかかっていた草履が片方抜けてしまう。


取りに戻れば捕まる。


草履を諦め、エントランスまで一気に駆け下りた。


立ち往生する姫花


背後から彼が凄い勢いで近寄ってくるのがわかる。


どうしよう?
車、どこなの?


その時、姫花の前に乗ってきたハイヤーが止まり、急いで乗り込んだ。


間一髪で、窓を叩いている彼が必死な形相でいる。


「どうしましょうか?」


「出して…早く」


私の必死な声に、何も答えずに運転手は車を動かした。

彼は車を止めようと車を叩きながら叫んでいる。


「止めろ…ゆりあ…戻って来い」


走る車には勝てないらしく、立ち止まる彼を置き去りにして距離が開いて行くと、運転手がバックミラー越しに確認してくる。


「戻りましょうか?」


言葉も発する事なく、首を横に振った。


もう会う事はない人だ。


唇に残る余韻に、指先で唇をなぞりながらライトアップされた日本庭園を後にした。


残された草履を彼が握り、諦めないぞと叫んだと知らずに…姫花は呟いた。


「もう、身代わりなんてしないんだから」


そして、食べ損ねた豪華な食事に後ろ髪を引かれていた。