入学してから数週間。
委員会の仕事にも、人との付き合いにも慣れて来る頃。
美陽は1人でお昼休みを過ごしていた。
束李は部活の人達とご飯を食べるようになった。
お昼休みにミーティングや連絡をしている。
美陽は弁当箱を片づけて、授業の準備もしつつ本を読みに図書室に行くようになった。
図書室はいつも人が少なく、美陽には快適の場所であった。
お昼休みが終わる5分前になると、菖蒲が美陽を図書室に探しに来る。

「美陽ちゃん、次の授業なんだけどね…」

委員のやり取りの時は名前で呼ぶようになった。
菖蒲は「美陽ちゃん」、美陽は「菖蒲君」。
授業の準備はあらかじめ担当の先生に聞きに行く。
そして、2人で連絡し合うというのが、いつの間にか通常になった。
先生には美陽が聞きに行って、クラスメイトに伝えるは菖蒲の役目。

「美陽ちゃん、ちょっといいかな…」

菖蒲に連れられて廊下に出た。
菖蒲が話しにくそうにしているのを、美陽は疑問符を浮かべながら見つめる。
菖蒲が話を切り出す。

「部活の先輩がね、言ってたんだけど…。美陽ちゃん先輩達の間で少し噂になってるらしいよ、同じクラスの上田さんと一緒に」

菖蒲が何のために自分に伝えに来たのか、その意図が美陽は分からなかった。
だから、誤って冷たい態度をとってしまった。

「それが…どうかしたの?目を付けられるって話かな?」

もちろん、美陽に悪気はない。

「い、いやそういう話じゃなくて…っ」

菖蒲は美陽に返す言い訳…誤魔化す言葉が見つからないようだった。

「い、いらない情報だった?」

菖蒲にそう聞かれ、美陽は少し考えてから「うん」とはっきり頷いた。
そっかと項垂れて、菖蒲はその場を後にした。
美陽が図書室に戻ろうとしたとき、丁度お昼休み終了の鐘が鳴った。
その日の放課後、久々に委員会の仕事がなく、美陽は図書室に向かった。
図書室のドアを開けると、侑士が本の整理をしていた。

「やぁ、今日は委員会の仕事はないんですか?」

美陽は近くの机に鞄を置いて、侑士から本を少し受け取る。

「はい、今日は珍しくなくて、図書室に来ました。」

美陽は侑士の手伝いを自ら進んで取り組んだ。
本の整理が終わって、美陽はいつもの席に座った。
また、窓からグラウンドを見つめる。
視界を邪魔するものは何一つない。
走っている束李も、ボールを追いかけている勝谷悠琉もすべてが見える。
その時の美陽の目はとてもキラキラしていた。
まるで、綺麗な宝石が目の前にあるかのような。

「あ、束李に聞きたいことあったんだ…」

美陽は束李にメールを送る。
そして、いつも通りに本を探し始めた。
美陽が手にしたのは海に関係がある小説や図鑑。

「今回は海ですか?」

暇になった侑士が美陽の手元を覗き込んできた。

「はい、深海や海って本のように深く潜れてワクワクするんです」

美陽は嬉しそうに話す。
侑士は美陽の話を楽しそうに聞いていた。
外から声がして、美陽は話すのをやめて外に目をやる。
それに気が付いた侑士は美陽に聞いた。

「あれは、サッカー部ですね。サッカー部に気になる人でもいるんですか?」

美陽は「気になる人…」と繰り返し呟いてから、侑士に聞いてみた。

「いつの間にか、気になって見つけてしまったら目で追いかけてしまう…。これって何て言うんですか?」

侑士は笑って優しく答えた。

「それは、『恋』と言うんですよ。人が好きとはまだ行かない、好きかどうかまだ曖昧ではっきりしない。それが『恋』です」

美陽はまた小さく繰り返す。
侑士は思い出したように美陽に聞いた。

「そう言えば、3年生が次沢さんと上田さんのことを聞いてきたんですが…」

美陽は振り返って言った。

「それって、何か流れてる噂ってやつですか?」

美陽が聞くと、「はい」と侑士は答えた。

「何か知っているんですか?」

美陽は首を横に振って知らないと伝える。
侑士と美陽はグラウンドに目をやる。
そして侑士は一言、美陽に言った。

「まだ、高校生活は始まったばかりです。たくさん悩むことも人生の糧となります。たくさん悩んで成長してくださいね」

侑士は司書室に戻った。
束李の部活が終わる頃、美陽は束李のもとに向かった。

「相談したいことって何?」

更衣室で束李から話を切り出してくれた。

「うん、あのね。先輩達の間で噂されてるって耳にしたんだけど…何か知らないかなって思って…」

束李の着替えの邪魔をしないように、美陽は相談していた。

「ああ、それ。私も耳にしてさ、陸上部の先輩に聞いてみたんだよね。そしたら、美陽この前見学してたじゃん?」

この前とは美陽が束李の走りを見に行ったときのこと。

「別に見学はしてないけど…見には行ったね?」

美陽は曖昧に返す。
束李は息をついて椅子に座った。

「その時、隣でサッカー部が活動してて、その中で1番人気の人が美陽のこと見てたらしく…。それを陸上部の先輩に聞いて来たらしんだ」

それがなぜ噂になるのだろう。
美陽は真剣に束李の話を聞いていた。

「人気者が見初める女の子が誰か、周りの人達が気になったみたいで…。それで噂になったみたいだよ?」

そっかと美陽は納得いったみたいだった。

「よし、じゃあ帰ろう。美陽」

束李は先に立って、美陽に手を伸ばす。
美陽は束李の手を掴んで立ち上がった。
2人はいつものように手を繋いで帰った。