「私は修一郎の姉」

冷ややかな声。

ハッと息をのむ女性の気配がした。
愛理さんに隠されて私から彼女の姿は見えない。

「あなたが暴力を振るった相手は修一郎の婚約者。彼女にこんなことをして修一郎はあなたを許さないわ。さっさとお帰りなさい」

「…形だけの婚約者と聞いてます。修は私と結婚するはずです」

言い返した彼女の言葉に背筋が凍り付いた。

形だけの婚約者と聞いてます

修一郎さんがそう言ったのだろうか。
『形だけの婚約者』確かに間違っていない。それは正しい。

「う、うん…」

修一郎さんが呻いて、首の方向を変えた。
目を閉じたまま俯いていた顔を上げたのだ。

私は愛理さんの背後から修一郎さんの顔を見てしまい、硬直した。

瞬き一つ出来ず、呼吸も忘れてしまうほど凍り付いた。

修一郎さんの頬、唇にはルージュがべったりと付いていたのだ。

「今すぐに出て行きなさい。セキュリティを呼ぶわよ」

怒りがにじみ出るような低い声で愛理さんは女性を見据えた。

愛理さんの迫力に女性は黙って出て行ったようだった。
私からは何も見えず、玄関ドアが開閉する音が聞こえただけ。

「ノエルちゃん、ごめんなさい」

硬直する私を抱きしめ、愛理さんは片手でスマホを取り出しどこかに電話をしていた。

電話を終えると愛理さんは玄関ホールで座り込んで眠っている修一郎さんのネクタイの結び目に左手をかけたと思ったら、右手で頬を思い切りひっぱたいた。

ぱあんと乾いた音が玄関ホールに響き、私は驚いて瞬きをした。

「修一郎!起きなさい!」