「これはアンタには似合わない。これが相応しいのは私」

抜き取った指輪を自分の左手の薬指にはめて自分の顔の前に手を上げて満足げに見つめている。

「何するの。やめて、返して!」

私は声を上げた。
それは借り物で本物の婚約指輪じゃないけれど、私と修一郎さんをつなぐとてもとても大切なものだ。

私は指輪を取り返そうと樺山さんの腕をつかもうとするけれど、一歩早く彼女は身を引いた。

「返してって言ってるでしょ。それはあなたが触っていいものじゃない」

冷静にならなきゃと思っているのに、私は私のはめていた指輪が彼女の指にはまっているのが許せないほど嫌だ。

「返してったら!」

私は大声を出した。

「あら、いつも澄ましているのに、そんなに大きな声が出せるのね。知らなかったわ。でも、指輪も専務も残念ながらあなたのものにはならないわよ。私、知ってるのよ。あなたなんてどうせキズモノでしょ。専務の妻にはふさわしくないのよ。あなたがいると専務も井原の家にも傷がつく。さっさといなくなってちょうだい!」

樺山さんは大声で私を罵った。

『キズモノ』という言葉に衝撃を受けた。

私は『キズモノ』で私の存在は修一郎さんの迷惑になる?
愕然として身体が動きを止めた。

そんな私の様子に樺山さんは高笑いをした。

「あら、自分のことなのに、知らなかったの?あなたなんてANDOの娘であること以外何の価値もないただの『キズモノ』なの」

樺山さんの言葉が私の心に突き刺さる。

棒立ちになった私に対して更に樺山さんは氷のように冷たく笑った。

「早く会社からも専務の前からもいなくなってちょうだい」

そう言っていきなり私の左肩をドンっと強く押した。

あっ、落ちる。

非常階段の踊り場でいきなり肩を押されたら踏みとどまれない。

周りの景色がスローモーションに変わる。
とっさに手すりににつかまろうと伸ばした右手は手すりに触れたけれど、全体重を支えるほど掴むことはできず、ザーッと階下に向かって身体が流れるように落ちていく。

私は最悪の事態を覚悟した。