「それに、こんなことしてもらったら井原さんの彼女に申し訳ないですし・・・」

「あれ?俺、ノエルちゃんに彼女がいるって言ったかな?」
井原さんはくすっと笑った。

「だって、阿部さんが倒れた時に綺麗な女性と腕を組んで歩いてましたよ」

私はあの晩のことを告げた。

「腕を組んで歩いてた?ああそうだったかもしれない。でも。あれはね、あの時一緒にいた人は彼女でもなんでもない。ただの知り合い。酔っていたから単に振りほどかなっただけじゃないかな。今、特別に付き合っているような女性はいないから大丈夫だよ」

大丈夫っていうけど、それでいいわけない。

それに、そもそも私はこっちの世界の人を信用していない。
今朝、ケイにマンションから追い出されて、そこにいた井原さんによくわからないうちにここに連れて来られたのだし。

「ノエルちゃん、仕事だってそうだよ。このまま何を考えてるのかわからない如月先生のいる病院に勤めていられるの?」

それはそうなんですよね。
何だか不気味で本当に怖い。
でも、井原さんだって信用していいのかどうかまだわからない。

「どう?挑戦してみない?」

そんなに軽く言われても頷くことはできない。
ケイがなぜ私を井原さんに託すような行動に出たのかもわからない。

「でも、婚約者ってだけでなく私に秘書業務とか無理ですよ。大学だって看護学部出身なんですから」

「大丈夫だよ。秘書の仕事は今まで通りに俺の秘書がやる。ノエルちゃんの仕事は秘書室か専務室でできることを考えている」

「本当にそれでいいんですか?私にはいろいろ問題があるようにしか思えないんですけど」

「いいんだ、とにかく決定。新しい生活をはじめよう。俺に任せて」

そう言って井原さんは立ち上がっていきなり私を引き寄せて抱きしめた。

きゃあ

突然のことに何が起こったのかわからず硬直する。

「あのっ」

口の中がカラカラでうまく声が出ない。