「目撃者もいたし、ストーカーはその場で捕まったんですが、そいつが捕まった後でもノエルのストーカー被害は続いた。そう、ストーカーは1人じゃなかった。おまけに目撃者としてノエルを助けた男までノエルのことが好きになってストーカーとはいえないけれどしつこく付きまとうようになっていった」

井原さんは語るケイじゃなくて私を見ている。

「事件の後、慌ててノエルを退職させて連れて帰りました。両親とはもともと些細なすれ違いでお互い意地になって断絶していただけだったから今じゃ両親も大変後悔してます。ただ、ストーカー対策は実家に連れて帰るくらいじゃだめだったんですよ。実家に戻ってもノエルの身元は知られていたから不気味な手紙やつきまといがあった。ノエルは日常生活でさえ普通に送れなくなってしまった」

井原さんは黙って拳を膝の上で固く握りしめてケイの話を聞いていた。

「仕方なくノエルには『安堂ノエル』を捨ててもらいました。『桐山絵瑠』として日常生活を送れるようにしていたんです。桐山は母方の実家の姓で、エルは昔からの愛称で家族の誰もがなじみ深い。エルの今の勤務先は母方の知人が経営する病院です。そうでなければ偽名で働けませんからね。安堂の名を知っているのは病院でもごくわずかの人だけです。住まいも俺と一緒に定期的に引っ越しています。容姿も地味に変えて日常は見た目俺の恋人として過ごしているような状況です」

ケイは私よりも苦しそうな顔をしている。

「ケイ、そんな顔しないで。いつだってケイが私を守ってくれているし、それよりケイの日常生活を私が奪ってる」
私は苦しくなった。

「如月さんは桐山絵瑠さんが安堂ノエルさんだと気が付いてしまった。ただそれが何なのかそれがどうなるのか、彼がどういうつもりなのかわからないってことですね」
井原さんが口を開いた。

「はい。ただエルから何回か同じ病院に勤務する医者から度々食事に誘われていると聞いていたので彼のことは警戒はしていました。でも、それがまさか如月コーポレーションの次男だったとは。もっときちんと調べるべきだったのかもしれません」
ケイは苦虫を嚙み潰したような顔をした。