元林さんは車を発進させて「お嬢様が落ち着くまで少し走らせますね」と言ってくれた。

温かいコーヒーは少し苦めで、今の私の気持ちみたいだ。

気分は最悪だ。
私を守ると言ってくれた修一郎さんなのに、あの人の一方的な話を聞いていただけ。
しかも、笑顔で。

やっぱり私みたいなスキャンダラスな女はいらないってことなのだ。

それに、突然現れた昂輝さん。

私がこの虚飾にまみれた世界が嫌になった原因の人。


神崎昂輝

私より10才年上の優しくて素敵な親戚のお兄さん。

母方の遠縁で幼いころから行き来があり、私たち双子はあちらの家でも可愛がってもらっていた。

はじめは冗談だった。

「ノエルは大きくなったら昂兄ちゃんと結婚する~」が口癖だった私に大人たちも笑っていた。

それがいつの間にか私が成人したら昂輝さんと婚約しいずれ結婚すればいいという話になっていた。

そこには家同士のつながりや事業のからみがあったんだろう。

でも、私は昂輝さんに憧れていたし、それでもいいと思っていた。

・・・昂輝さんの方はそう思ってはいなかった。

あれは16歳の時、私は両親に連れられてどこかの企業のパーティーに来ていた。

大人たちはお酒も入り楽しそうだったけれど、子どもの私や圭介は楽しめないでいた。

食べるのにも親たちの仕事の付き合いの話にも飽き飽きして、会場の外庭に通じるテラスに逃げることにした。

圭介と二人でそっとテラスに出ると、柱に陰に隠れているけれど人の気配がする。

そこで抱き合いキスを交わす若い男性と女性の姿。

キスの音も聞こえてきて、思わず後ずさりをして手すりにぶつかり置いてあったプランターを蹴飛ばしてしまった。

ガチャンっと音がして、暗闇にいた二人が抱き合ったままこちらを見る。

それは知らない女性を抱きしめる昂輝さんの姿だった。