「それでも、あの方に『偽装婚約』だと言ってほしくなかった」

震える声で修一郎さんに告げた。

「それは、どうして?」

「私も何を言いたいのか、どうしたいのか自分でもわかりません。でも、あの夜、修一郎さんがあの方と抱き合うように帰宅して・・・唇に付いた口紅を見て、すごく嫌だったんです。おまけに・・・よ、夜を過ごすとか、結婚するつもりとか言われて。目の前が真っ暗になりました」

我慢していたのに両目から涙がこぼれ落ちていく。

どうしたんだろう、私。何を言っているんだろう。

修一郎さんはみるみるうちに笑顔になる。

「ノエル、それって俺は婚約者としてノエルに受け入れてもらってるってうぬぼれていいってこと?」

「ち、違いますっ。いえ、違うっていうか違わないっていうか」

慌てて否定するように両手を振った。
私の言葉に修一郎さんの笑顔が曇った。

「どういうこと?」

「・・・私は気持ちがないのにキスやそれ以上のことができる人の気持ちがわかりません。修一郎さんもあの夜、私や愛理さんがいなかったらそういう事になっていたんですよね」

修一郎さんは目を見開いた。

「そんなことはない。確かに、泥酔してキスをされた。意識もなかったから平気でしたわけじゃない。それにその後勝手にあの女が一緒にベッドに入ったとしてもそういう事にはならない。裸の女が隣にいてもそういう事は気持ちのない相手にはしない」

「ノエル、信じられないかい?」

私の目をじっと見つめる修一郎さんの目には迷いがないように揺らいでいない。
私もじっと見つめ返した。

「ノエルが何を根拠にそんなことを言っているのかわからないけど、俺はそんなことはしない。ノエルからの信用を失うのが怖いからね」

「信じられない?」

今度は優しく私に問いかける。

「し、信じたいです。でも」

返事に詰まる。