「女優なんだよ。売れてはいないけどな」

ああ、それで。私は納得した。女優なら私の拙い変装なんて簡単に見破れる。

「真人の前でノエルの事をバラされた。当然、真人には責められた。周りにいた奴らからも何故かと問い詰められて…本気で好きになってしまったと話したんだ。ただ、うちに俺を送ってきたあの女にだけは酔う前に『会社のための偽装婚約』だとこっそりと話した」

私は修一郎さんの『あの女にだけ』と『偽装婚約』という言葉に胸がチクリと痛む。
何も間違ってはいない。
間違ってはいないけれど、胸が切なくて痛い。

「あの方が修一郎さんの本命の女性なんですね」

私は修一郎さんから視線をそらして呟いた。

「いや、違う。あの女にキスもされたらしいがそれは俺の本意じゃない。キスはしたんじゃなくてされたんだ。俺には記憶もない。あの女にはこれっぽっちの気持ちも揺らがない。それだけは信じて欲しい」

修一郎さんは前のめりになり私を見つめてきた。

「じゃあ、どうしてあの方にだけ本当の事を話したんですか。それに、あの方はあのまま修一郎さんと夜を過ごすつもりでこの部屋に来たって、結婚するつもりだって言ったんですよ」

言いながらじわりと涙がこみ上げてくる。

「悪かった。真人から黙っていた罰だと散々飲まされてしまったんだ。だからあの時すぐにはどうやって帰ってきたのか、誰に送られてこの部屋に戻って来たのかもわからなかった」

私は涙目で修一郎さんを睨んだ。

「それに、俺を送ってきた女の事だけど。あの女には前々から散々誘われていたんだ。
あの女は汚い手を使って狙った男をオトすと評判だったから、ノエルと俺の関係を知られたくなかった。これ以上ノエルを俺の厄介事に巻き込むわけにはいかない。
だから、あの女だけに『偽装婚約だ』と言ったんだ。気を付けていたつもりだったんだけど、結局ノエルに嫌な思いをさせてしまったな」

私のためだったっていうの?

「酔った俺と既成事実を作ろうとしたってことだ。ノエルと姉さんがいてくれてよかった」

「あの方はまたここに来ますか?」

「いや。そうならないように最大限の人間関係を駆使して阻止するから。ノエルは守る。心配するな」