「申し訳ありませんが、どなたかとお間違えでは?」
社交辞令としてにこりとしながら軽く頭を下げて通り抜けようとすると
「やっぱりあの時の真人を助けてくれた女性ですね。その声、話し方、間違いない」
とまた私の前に立ちはだかった。

ということはこの人は、あの阿部さんが倒れた時に私に連絡先を教えてほしいと話しかけてきた男性なんだろうか。それとも救急車に同乗していった男性か。

「私に何かご用でしょうか」
今度は真っ直ぐ男性を見つめて返事をした。

男性はおっという表情に変わった。
「思い出していただけましたか」
と笑顔を見せた。

「阿部さんのお友達ですよね。申し訳ありません。あの時お顔は見ていなかったので思い出したというわけではありません。状況から考えてみてあの時話しかけてきた方かなと思っただけで」

「そうですね、あの時あなたは私の顔なんてほとんど見ていなかった。でも、私は見ていました。私はあなたの顔は忘れませんよ」
そしてにやりと笑ったように見えた。

「あなたのお名前は・・・桐山絵瑠さんですか」
私の首から下げたネームプレートをのぞき込んで言った。

「いや、良かった、ここで出会えて」

その言い方に何かを感じて目を細めた私に男性はくすっと笑った。

「あの時あなたを迎えに来た男性は安堂圭介さんですよね」

ケイの名前を出されて一瞬で背筋が氷ついた。

「あなた、いったい何なんですか」
この人、ケイを知ってる。思わず声を荒げて男性をにらんでしまった。

私に睨まれたことなど気にならないらしい。

「いえ、興信所を使ってあなたを安堂さんの周辺から探そうと思っていたので、ここで出会えて興信所を使う手間が省けたなと思ったんですよ」
ニコニコとしている。

私は青ざめた。
何なの、この人。
興信所?
完全に私の神経を逆撫でしている。