冷たいものが首筋にかかる。


ガチャっと音がして、
陸が「いいよ」と声をあげた。


目を開けると、
首に何かがかけられていた。


「これ・・・」


「それ、持っててくれないかな?
 自分勝手だけど、お守り」


「お守り?」


「俺はそばにいることが出来ないから、
 こんなもので悪いんだけど。
 辛くなったらそれをつけてよ。
 少しでも俺のこと、思い出してほしくてさ」


陸が私にくれたのは、
小さなリングだった。


微かにピンクのラインが入った、
可愛らしいリング。


私がそれを手に取ると、陸は立ちあがった。


「さて、帰るかな」


「陸・・・あの、その・・・」


「ん?」


「元気で、ね?」


「若葉も。少しでも俺を好きになってくれて
 ありがとう」


陸は短くそう言って伝票を持ってレジまで行くと、
ひらひらと手を振って店を出て行ってしまった。


微かに香る珈琲の匂いと、
あの香水の匂いが私の鼻を擽った。


もう一度、陸のくれたリングに触れると、
とめどなく涙が溢れてきた。


「お母さん、どうしたの?泣いてるの?」


楓の声が聞こえる。


私はお店の中で泣き崩れた。


陸が、いなくなってしまう。


それがただ単純に、哀しくて・・・。


陸はずるいよ。


自分は簡単に忘れるくせに、
こうして私が忘れることを許してはくれないんだもの。







―その日、陸は私の前から姿を消した。


慈愛の家の西川さんに尋ねても、
陸の行方は分からなかった。


ただ、胸元に残るリングだけが、
キラキラと光り輝いていた。