「………いや、だめだよ。笠原さん」

「え?」


冬室くんが真剣な顔で私を見ていた。


「やめちゃ駄目だ。いや、やめないでほしい」

「ど、どうして……?」

「それは、その……だって……っ。
………君の小説にはたくさんの読者がいたんだろう?その人たちは、きっと、物語の完成を待っていると思うよ」

「……でも、私、実話だってうそをついていたのに」

「それは、読者の人にはわからないうそだよ。
いや、だからってうそをついていいってわけじゃないけど。

でもさ……その小説にこめていた笠原さんの思いは、本物だろう?だから、ああして悩んでいたんだろう?
だったら、全部が全部、うそじゃないんじゃないかな。

それに、さ。僕は悪くないうそもあると思うよ。誰かのために必要なうそも、きっとある。

みんなそうして生きているんだよ」


そう言っている冬室くんはどこか遠い目をしていて

私の小説についてだけでなく、違うことを話しているようにも思えた。


「……笠原さんが言っていた、例の読者の人も」

「………え」

「うそじゃないこともあったかもしれない。コメント全てが本当ではなかったかもしれないけど。

それでも、本当のこともあったかもしれない。本当に小説に救われていたかもしれない」

「…………」

「僕は、そう思うよ」


冬室くんはその言葉で、話を締めくくった。