冬室くんは帰りに図書の貸し出し手続きをしていた。

私の向かいに座っていたときから持っていた本。


「……何を借りたの?」


教室へと戻りながらそう聞くと、表紙を向けて本を渡してくれた。


ーーー作者は、野田秀樹。


「……戯曲集だよ」


冬室くんは短く説明した。


「……戯曲」


つまり、演劇の台本ということか。

自慢じゃないが、演劇はほとんど観たことがない。

だから野田秀樹という名前も、聞いたことがあるかも……くらいのものだった。


「冬室くんは、演劇好きなの?」


彼の左側を歩き、その左耳に向かって話しかける。

冬室くんは『うーん……』と考え込むように首をかしげた。


もしかしたら聞こえにくかったかなと心配したが、そうではないようだ。


「演劇が好き……というより……」


と曖昧な言葉をつぶやいたので、純粋に回答に悩んでいたらしい。


「………正直、劇はほとんど見たことないんだ」

「ふーん」

「でも、野田秀樹は好きだよ」

「面白いの?」

「うん。すごく」


『それに……』と、冬室くんは付け加える。


「なんか、目を開かされたような気持ちになる」