帰る道を運転しながら翔さんが言った。
「今日の鈴音ちゃん、なんかいろいろ激しかったね。痴漢撃退もそうだけど、1時間も歩いてお墓に行ったり、会うなりお腹空いたって、いつものかんじとちがった。”素”の鈴音ちゃんってこんななのかな?」
私はチラチラとハンドルを握る手を見る。さっき触れられた手が、大きくて、男っぽくて、意識する気持ちが止まらない。
「”素”って…?いつもどう見えてるの?」
「いつもは、落ち着いてて、そつないってかんじ?」
「そうなの?たしかに、今日は落ち着いてないけど。いろんなことがありすぎて変な気分」
いちばん残ってるのはさっきの翔さんとの時間だよ。まだドキドキが続いてる。

「嫌なことは忘れて、もっと俺のこと考えてよ。この前のアレ、腰砕けそうになった」
もう翔さんのことしか考えてないんだけど。
「何?」
「鈴音ちゃんは俺のもの、って言ったら嫌なんだっけ?」
思い出してボッとなった。ほとんどスルーしたくせに…。
「…自分を失くすみたいで嫌なの」
「でも、鈴音ちゃんの一部は俺のものなんだよね?もう一度言ってよ」

これ以上この人に捉われることがこわくなる。

「自分を失くすことじゃないよ。相手と結びつくってことだよ」

「翔さんってロマンチストだね」
わざとカラッと答える。
「鈴音ちゃんがリアリストとも思えないけどね。言ってほしいな」
「言えない。あのときは特別。それにたいして反応してなかったじゃない?」
あ、でも、さっき腰砕けそうだったって言った。響いたってこと?
「やっぱり今日の鈴音ちゃんは強気だね。いいよ。俺は鈴音ちゃんのものだから」

またこの人はサラッと…。


こんなに気持ちを乱されて、今から家に帰るのに…。

翔さんでいっぱいの頭の中を、家族モードに切り替える。

ケガの説明をしなきゃ。中崎さんとの話を報告しなきゃ。
こんなかわいい系の服を着て、どんな反応されるだろう。

ベーカリーレストランに寄ってもらって、望と千絵さんにはケーキを、翔さんにはドライフルーツのパンを買った。

「今日はありがとう。翔さんが来てくれたから気持ちが回復できた」
「ゆっくり休みなよ。じゃあ、また明日」


前はもっとあっさり出られたサークルの境界線が見えにくくなってきている…。