「僕からも話したいと思ってたことがあるんです。
妻と別れてじきから会社に海外への異動願を出してたんです。日本を離れたほうが南を育てやすい部分もあるんですよ。国によりますけど、個人でメイドやナニーを雇えるところはいくつもあるんでね。
それでやっと希望が叶って、僕はもうじきバンコクに赴任します」

中崎さんは少し動いて私の正面に立った。

「高橋さん、一緒に来てもらえませんか?もちろん望くんもですよ。
僕たちは家族になれると思うんです」


翔さんの言ったとおりだった…。

「返事は今でなくていいので、考えてください」

私は何を見ていたんだろう。何もわかってなかった。
自分の浅さが情けなくなってくる。

必死に気持ちを立て直す。甘えるな。

「すみません。行けません」

頭を下げた。
何故こうなるまで中崎さんの思いに、南ちゃんの思いに無頓着だったのだろう?
後悔が押し寄せる。

「そんなふうに思ってもらってるなんて考えてませんでした。申し訳ありません」
「即答ですか」
やんわりと笑ってくれる。
「すみません」
「いや、謝ることはないですよ。僕こそ急にすみません」
気まずくて目線を上げられない。
「ご主人が忘れられないから、というのではないんでしょう?」
答えるべき?
「久しぶりにお会いして、なんか、様子ちがうなって思ったんですよ。やっぱり女性はきれいになるから、すぐわかりますよね。わかっててプロポーズしたのは、僕自身が後悔を残したくなかったからです。自己満足だから、高橋さんが恐縮されることはないんですよ。
その人と幸せになれるといいですね」
大人だ。四十路にもなると、この落ち着きと余裕が持てるのだろうか?いや、これは中崎さんだからかな?紳士というならこの人だ。

「南のことは気にしないでください。南も僕も、高橋さんと望くんと千絵さんに救われました。
赴任する前に改めて伺いますが、本当にありがとうございました」