しかし、たかがこんな出来事が、明美には気に入らなかったのだろう…… 


 私宛の書類が回ってこなかったり、紛失したりと相次いで起こっていた。

 仕事は回らないし、やりずらくてしょうがない……


 そんな時、偶然にも廊下で副社長と遭遇してしまった。


「森田湖波さん、後で副社長室へお願いします」


「えっ。あ、はい」

 私は、断る事も出来ずに返事をした。

 何の用事だろうか?

 また、明美に見付からなきゃいいが……


 そんな願いは届かず、背中に感じる痛い視線に深いため息が漏れた。


    
 副社長室のドアをノックすると、中から返事が返ってきた。


「失礼します」私は頭を下げ中へと入った。


 副社長の隣には、秘書の栗林さんが、こちらを見てにこりとほほ笑んだ。


「どうそ」

 副社長が、私をソファーへ座るよう促した。


 私なんかがソファーに座っていいものなのか? 

 少しためらいながら腰をかけた。

 しかし、なんだか落ち着かない。


 私の向かいに副社長が座った。

 栗林さんは、一歩下がり、ソファーの後ろに立っていた。


「忙しい中を呼び出して済まなかった……」

 相変わらず無表情のまま副社長が口を開いた。


「いいえ…… 何か?」

 私は不安気に副社長を見た。


「最近、あなたの周りで書類の紛失があるようですが、事実ですか?」

 まさか副社長の耳にまで入っているなんて…… 

 ああ、怒られるのだろうか? 

 最悪はクビかも……


「申し訳ありません。私の不注意です」

 私は唇を噛んで下を向いた。


「本当に、あなたの不注意なのですか? 今までそんな事は無く、きちんと管理していたのでは……」


「あっ……」

 私は返事に困り、言葉を詰まらせた。


「もしかして、私のせではないのですか?」

 副社長はちらりと栗林さんの顔を見た。


  栗林さんは、穏やかな口調で私に話しかけてきた。


「たまたま先日、総務へ行ったときに、森田さんのデスクから書類を持ち出した女子社員を見つけましてね…… その時、書類を元に戻させ事情を聞いたのですが…… どうも、副社長がからんでいるようでして…… 心当りありますか?」

「いえ……」

 私の頭の中には、明美の事が浮かんだが、証拠も無いのにこの場で言う訳にはいかない……


「そうですか……」

 栗林さんは、優しい笑みを向けた。