副社長室の前で立ち止まり、コンコンとノックをして様子を伺う。
「はい」
男の人の声が返ってきた。
入社して三年経つが、このフロワーへ足を運んだのは初めてだ。
私のような者が、足を踏み入れる事は無い場所だ。
私はドアを開け、一歩中へと入った。
大きな窓に、大きなデスクと、高そうなソファーが副社長室であることを実感させる。
窓際に立っていた副社長が、私の方へ目を向けた。
「ああ、ありがとう」
副社長の言葉に、私は封筒から書類を出し、副社長へと差出し出した。
「このような書式になっておりますが、よろしいでしょうか?」
副社長は書類を受け取ると、さっと確認した。
「ああ、かまわない」
「失礼しました」
私はドアの方へと向きを変えた。
「森田湖波さん」
副社長が、私の背なかに向かって行った。
振り向いた私は……
「どうして、私の名前……」
「どうしてって、この会社の社員でしょう? 知っていてもおかしくないと思うけど」
副社長は表情変える事無く言った。
「そうですね…… 失礼しました」
私は頭を下げた。
「確か…… 『まだ、就業時間ですよ! 持ち場を離れるなんて無責任なんじゃないですか!』だったよな?」
副社長の顔が少しだがニヤリとした。
「えっ。どうして?」
「向かいのエレベーターで、待っていたからね」
「あっ。すみません」
私の顔は一気に熱くなり、下を向いた。
「どうして謝るの? さすがだと思ったけどね」
「い、いえ、恥ずかしい所をお見せしてすみません」
私は慌てて、副社長室を飛び出した。
総務へ戻る廊下で、頭の中整理を始めた。
ああ、何やってるんだろう……
三年前のお礼言いたかったのに……
もう、終わった……


