秋吉さんは、運転手を待たせたまま、近くの喫茶店へと入って行った。


 品よく座り、背筋を伸ばして私と向き合っている。


 運ばれてきたコーヒーを口にすると、秋吉さんの方から口を開いた。


「私、颯太さんのマンション一度も入った事無いんですよ……」

 少し寂しそうに話出した。


「ええ……」

 曖昧な返事を返すしかなかった。


「颯太さんと私は幼い頃から、時々、両親と一緒に食事をしたり、家族ぐるみのお付き合いをしていました。私は、颯太さんが大好きで、大人になるに連れて婚約の話も出ていました。
 私は、颯太さんが会社を継いだら当然、婚約するものだと思っていました。でも、颯太さんは、大学を出ると外国へと行ってしまって…… でも、必ず会社を継ぐために戻ってくると信じていました。アメリカに行ったのも会社の為、帰国すれば私と婚約してくれるって…… だけど……」


「……」


 私は黙って、震える声で話す秋吉さんの話を聞いていた。


「颯太さんは、ちっとも、婚約の話を勧めてくれない…… だから、思い切って会社に行ったんです…… だけど、颯太さん、私とは婚約出来ないって…… 大切な人が居るって……」


 そう言って、秋吉さんは、私をじっと見た。


「ごめんなさい……」

 何故かそんな言葉しか出てこない……


 「私…… ずっと、颯太さんの事が好きだった…… まさか、こんな事って…… でも、確かに、今まで颯太さん二人でそんな話をした事も無かった。勝手な思い込みだったんです」

 秋吉さんは顔を両手で覆った。


「……」

 又、私は言葉が出ない。


 悲しむ秋吉さんを見ても、何故だか、自分が勝ったような気持ちも起きない……



 突然、秋吉さんは顔を上げると、きりっと私を見た。