三年前…… 

 第一希望の入社試験の日、私はこのそびえ立つビルを目の前に立ちすくんでいた。

 緊張のあまり昨夜は一睡も出来なかった上に、この場違いのようなビル。

 リクルートスーツに身を包んで、颯爽とビルの広々とした玄関へと向かう若者達の中で、私は足を動かす事が出来なかった。

 もう無理だ、と諦め逃げ出そうとしたその時だった。

  首筋にヒヤリと冷たい感覚に我に返った。

 振り向くと、そこには背の高い、きりっとした男性が私の首筋にペットボトルのミネラルウォターを当てていた。

 冷や汗をかいていた私のクビが、ひやりとして気持ちいがいい……


「こんなでかいビル目の前にしたら、ビビる方が普通だよな…… こんな場所で自分が必要とされるなんて思えないよな。あいつら、よくビビらないで入口に入って行けるよ。」


 その彼は、眉間に皺をよせ入口に向かう若者達に目を向けた。


「えっ!」

 私は、突然の言葉に驚いて声を上げてしまった。


「まあ、一口飲んでみなよ」


「あ、ありがとうございます」

 私は、ペットボトルの蓋を開け、ごくごくと飲んだ。

 思っていた以上に喉が渇いていたのか、冷たい水が喉に染み渡り生き返ったような気分になった。



「スゲー。どれだけ緊張してんだよ。凄いな、この会社をそんなに思う事が出来るものだな?」

 彼は少し難しそうな顔をしてビルを見上げた。


「も、勿論、第一希望ですから。こんな世界中に商品を出せるような大きな会社で、仕事が出来るなんて奇跡です」

私もビルを見上げて言った。



「そうか…… 奇跡ね……」

 彼は、ビルを見上げたまま言った。


「はい!」


 私は思わず、大きな声で返事をしてしまった。


「じゃあ、頑張れよ。そのままの気持ちを面接で言えばいいよ。それで不採用なら、この会社はたいした事ないな……」

 彼はそう言うと、私の背なかを軽く押したような気がしたが、そのまま、ビルの中へと入って行った。


 私はペットボトルを握り、ビルの中へと足を踏み入れた。