ケーキ屋の彼


「柑菜さん、今日は本当にごめん」


建物から出て、川沿いにあるベンチに腰をかける2人。


「……せっかく再会できたんですから、きっと思い出話しに花が咲きますね」


せめて、秋斗の前では否定的な自分を隠そうと、明るく振る舞う柑菜。


「そう……だね」


しかし心の中で柑菜は、このことを後悔する日が来るかもしれないなあと空を見ながら思った。


もっと女の子らしく『行かないでほしいです』とか『私だってもっとそばにいたいんです』と言える性格だったら、どんなに楽だったんだろう。


柑菜は、心の中でため息をついた。


「でも、……どうして別れたんですか?」


「フランスのケーキ屋で修業をしていたんだ。でも、その厳しさに耐えきれなくなった僕はふさぎ込むようにアパートから出られなくなった、そのうち、フランスにいることも嫌になって帰国したんだ。その流れで、なんとなく縁が切れてしまったのかな……なんでも中途半端で自分が嫌になる」


秋斗は力強く自分の左手を右手で握る。


秋斗の自分に対する怒りが、その手に込められている。


「でも、ケーキからは逃げてないじゃないですか、あんなに美味しいケーキ、作りたくたって作れるものじゃないです」


秋斗の潤んだ眼が柑菜を捉え、その瞬間、無意識に自分の腕を柑菜の身体に回していた。


秋斗の胸の中にいる柑菜は、小さくか細い声で秋斗を呼ぶ。


秋斗の体温が、柑菜に伝わってくる。


「秋斗さん……?」


「ご、ごめん」


我に返った秋斗は、素早く柑菜から離れた。