新しいことをはじめても、この場に取り残された私には想い出が多すぎて。
ふとした瞬間に名前を聞いてしまったりするとその時の想いにすぐに引き戻されてしまう。


「朔也さんに相談してみたら?」

「ぇ。何を、ですか?」

「それは…主任の事よ。二人は仲いいんでしょ?なんか聞いてるかもしれないし」

「……でも。」

「そんな気持ち引きずったまま、私も次にいけとか言えないし。桃ちゃんには立ち止まったままでいて欲しくないから」


立ち止まってる?
そんな風に見えるのかぁ

胸の奥にしまい込もうだなんてことは最初から無理だったってことだよね。


「望亜奈さん。私、…まだ歩き出せそうにないんです、もうちょっとだけ立ち止まって考えてもいいですか?」

「ん、わかった。」


いつも優しい望亜奈さん。
時には強引でビックリすることもあるけど、私の心の声はちゃんと聞いてくれる。
だからいつも甘えちゃうんだ。


「じゃ、そろそろ戻ろ?二人とも心配しちゃうし」

「はい。すみません望亜奈さん」

「なーに言ってんのよ。何もしてないわよ、私は」


それから二人で席に戻った。

今日の料理教室の話を望亜奈さんが話し出して、朔也さんと望亜奈さんが私の包丁の持ち方が怖かったとかそんな話をするから。怒ったり笑ったり、忙しくしていた私。

四人で楽しく話をしてちょっとだけお酒も飲んで、それで二時間ぐらいしてお店を出た。


「ごちそうさまでした、神代さん」


丁寧にお礼を言った潤兄に、こういうところは大人なのにと外面のよさにびっくりで。


「朔也さん、また次回もよろしくお願いします」


望亜奈さんも大人なところを見せてる。
もう過剰に変な言葉遣いもなく、いつもの望亜奈さん。
私だって大人のご挨拶ぐらい…


「朔也先生!あのっ次回までにちゃんと包丁持てるように頑張りますっ」


……


あれ?なんか間違った?

みんな無言っていうか、朔也さんは肩をふるわせて…
ちょっとおお。
何でみんな笑ってるの?


「あ、うん、頑張って…アハハ 桃華ちゃんサイコー」


それ褒められてます?
なんか違うような…

それから潤兄にタクシーに押し込められて家まで送ってもらった。
今日は久しぶりに心から笑えた。
心から笑える日がまたきっと来るよね?