主任も私も何も話しをしないまま夜道を歩く。
私の家まではゆっくり歩いても十分もかからない距離。

主任のポケットにいれられた手はそのまま。

静かな夜道に主任と私の足音だけが聞こえる。


勘違いしますよ?


主任の左手のぬくもりが温かくて
そのぬくもりを離したくなくて
この時間が永遠に続けばいいなんて。



もちろん歩けば進むわけで
進めば家に近づいて

目の前に見えてきたのは私のアパート。
階段の下で立ち止まり隣の主任を見上げて言う。


「主任、今日はありがとうございました」


ポケットから出された手に外気が触れ途端に寒さが戻ってくる。
私と向かい合った主任は私の手を握ったまま。


「あ、の?…手を」

「イヤです」


は?
今イヤって言った?

頭上から聞こえてきた声に顔を上げれば、そこには少し困った顔の主任。


「まだ家についてません」


階段上るだけ、ですけど?
それに向かい合ったら顔が赤いの主任にバレちゃうし。


「それに……また転ぶかもしれませんし?」


今度は意地悪っぽく笑いながら言った主任にますます顔を赤くするしかなくて。
あの時は酔っててちょっと階段踏み外しただけだし。

もう、ほんとっ忘れてくださいっ


「そんなに何度も転びませんっ」


勢いよく言ったはいいけど、主任の顔を見ては言えなくて。
まだ繋がれたままの手を見ては、また改めて心臓が慌てだして。


「寒いから早く入ったほうがいい」


そう言ってから主任はまたきゅっときつく握り締めた手を引いて階段の方に向かう。
のぼり終えると私の家の前で立ち止まり、今度こそ手を離した。


「ぁ…」


手を離すのは当然なのに、離された手をどうしていいのかわからずに思わず声が出る。


「あ、の。今日は本当にありがとうございました」

「楽しんでもらえましたか?」

「はい!」

「では、暖かくして休んでください」

「ありがとうございました。お気をつけて」


階段を降りる主任を見送ってから家の中に入った。

ハァ

さっきまで繋がれていた手を見てはため息。

また今日も、眠れそうにない。