私はコーヒーカップを手に持ち、見つめるばかりで口をつけられず。
目の前の主任はいつものように姿勢を正して静かにコーヒーを飲んでいた。


「……そろそろ送っていきます」


あ。
もう夢の時間は終わりなんだ。

主任のその話し方の変化に。
その時間が終わりを告げたことを知った。


「……はい」

コーヒーカップはそのままでいいと言われてコートを着て帰る準備をする。
近所だから一人で帰れるけど、それを言うとまた主任に怒られそうで言い出せなかった。


主任に促されて玄関を出る。
この家に足を踏み入れることはたぶんもうない。
こんなチャンスもうないのかもしれないのに、ただコーヒーを飲んでいただけなんて。
私にはやっぱり、“色っぽいなにか”なんてことは遠い話。

エレベーターでエントランスまで行くと外に出た。
時間もすでに零時近くで、外は静まり返っている。


「外はやっぱり寒いですね」


外を歩くことを考えてなかったから手袋なんて持ってなくて、外気にふれて急に冷たくなっていった手をあわせながら言う私。
その様子を見ていた主任の左手が伸びてきて私の右手をつかむ。



「さっきまで部屋にいたのに、こんなに冷たくなって」


え?なに?
何で主任に手をつかまれてるの?
主任の手は暖かくて、私の手をつかんだまま主任のダウンのポケットに一緒に入れられた。


なになに?
ここで迷子にはならないし。
え?なんで?


「こうすれば暖かい」


そう言ってからポケットの中の手をきゅっと握り締めた主任。


「主任?あ、の…」

「寒いから早くいきますよ」


いつの間にか立ち止まっていた私に歩くように言うとゆっくりと歩き出した主任。
私の手ごとポケットに入れられてるから引きずられるようにそのまま歩く。


なんで?
どうして?
手なんて繋ぐの?


ポケットに入れられてるから、手をつないでいた時よりもさらに主任との距離が近い。

そんなことされたら
もっともっとって欲張りになる。


もっと一緒に時間を過ごしたくて
もっと近くにいたくて
……もっと触れていたくなる