凪ぐ湖面のように

「僕たちはまだ夫婦じゃない。今、君はそう言ったよね?」

確かに言いましたね。それが何か? みたいに湖陽さんを見る。

「まだってことは、いづれがあるという事だね」

揚げ足を取る、とはこういう事を言うのだろう。したり顔の湖陽さんを呆れ眼で見る。

「夫婦というのは結婚するということです。それは私たちにはあり得ないのでは?」

不思議そうに湖陽さんが首を傾げる。

「どうしてそう言い切れるんだい? 僕たちはお互いにフリーだし、可能性はゼロではないのでは?」

「ゼロです。外見はフリーでも、お互い心に残す想いがある限り、次のステップに進むことはできないと思います」

「心に残す思い……かぁ」湖陽さんは少し遠い目をして、「美希」と小さく呟いた。それが想い人の名前だろう。

「もし、帰れるなら、あの日、彼女が法学部の男から『告白された』と言った日に帰りたい。その日、僕も彼女に、『待っていて』と言うつもりだったから」

でも、それは叶わぬ願いだった。彼女が法学部の彼と『付き合う』と言ったから。