凪ぐ湖面のように

海との時間は沈黙が多かった。私は二人の間に流れる、穏やかな空気感みたいなものが好きだった。何も話さなくても分かり合える。そんな雰囲気が……。

「あのね、僕、沈黙って嫌いなんだよね」

ところが、湖陽さんはこの心地いい時間がお気に召さないようだ。

「熟年夫婦でもあるまいし……」と鼻で笑う。

「いや、熟年離婚の原因は会話の無さだ。“あうんの呼吸”だからお互い何でも分かり合えている、なんてナンセンスもいいところだ」

湖陽さん曰く、つい最近ご友人が離婚をされたらしい。
まさかあの人たちが、というご夫婦だったようだ。

「言葉で伝えなきゃ、相手に自分の言いたいことなんて伝わらない」

湖陽さんの言いたいことは分かる。
超能力者でもない限り、他人の思考を読み取る、なんてことはできない。

外国の方が、よく日本人の表現は曖昧で難しいと言うけれど、成る程、と思う。
『YES』『NO』の世界で生きている人に、中間は存在しない。