この地を選んで良かった。
目の前に広がるこの風景を見る度に思う。

「コーヒーのお代わりはいかがですか?」

穏やかで柔らかな声が斜め後ろから訊ねる。

この声を聞く度に、この地にこの店があるのは偶然ではなく必然だと思う。それ程、彼の声はこの風景にマッチしていた。

そんなことを思いながら、肩越しに振り向き、声の主に返事をする。

「お願いします」

相変わらずのイケメンだ。
声と同様の穏やかな笑みに、釣られて口角を上げる。

ここに来て一年。カフェ・レイクに通い始めて十ヶ月。そして、店主の橘湖陽さんと親しく言葉を交わすようになって九ヶ月。少しずつだが、この地に馴染んできたと思う今日この頃だ。

「岬さんは本当にその席がお好きですね」

『岬さん』彼は私をそう呼ぶ。

カフェ・レイクには湖陽さんより三つ下の妹、夕姫さんもスタッフとして働いている。

彼と初めて私的に言葉を交わした時、彼から『紛らわしいので名前で呼び合いましょう』と提案された。

なにも私まで……と思ったが、“海里”という珍しい苗字にもかかわらず、同姓の常連さんがもう一人いると言うのだ。

それ以降、私たちは『岬さん』『湖陽さん』と名前で呼び合っている。