「水篠君のことが、好きです」
ほろり、こぼれ落ちた言葉。
その言葉を落とした少女は、手で口を覆う。
まるで、思わず零れ落ちた言葉を覆い隠すかのように。
2人は何も言わない。いや、言えなかった。
まるで、この世界には、少女と水篠と呼ばれた少年しかいないかのように沈黙が落ちる。少女は、この沈黙に耐えられないというように、全力疾走した後のようになる心臓の上のシャツを無意識に握りしめていた。
水篠、水篠祐樹は、いきなり落とされた爆弾から立ち直れていなかった。ただ、少女の言葉だけが頭の中をぐるぐると回る。

どれだけの時間が経ったのだろうか。実際は五分に満たない時間だったが、2人にはまるで何時間もその場にいたように感じた。
「ごめんね」
沈黙を破ったのは少女だった。
「いきなりこんなこと言って、困らせちゃったよね…」
水篠はいつの間にか俯いていた顔を上げた。
「ごめん…なさい…」
少女はそういうと駆け出し廊下へと出た。
バタバタバタ…
「待っ…」
水篠は、少女を引きとめようと上げた右手を見て、そして、そっと手を下ろした。
「…引き止めて…どうするんだ…」
ぼそり、つぶやいた声は1人でいるにはいやに大きい教室で誰にも聞かれることなく、空気に溶けて消えた。
カタン…
椅子に座る音がいやに響く。色々な話題を振ってくれていた少女のことが浮かぶ。
頭を振って、少女のことを頭から追い出して机に向かう。
カリカリカリ…
シャーペンの音が、まるでどこか見えないところを引っ掻いているように、いやに音が気に触る。
「ああ!くそっ!なんであの子のことがあんなに気になるんだよ!俺にはあいつが、あいつだけがいればいいんだ!……ミカ…どこにいるんだ…」
水篠は、見えない何かに苛立ちをぶつけるかのように椅子から荒々しく立ち上がると、大声をあげた。
はあ、はあ
息を荒げる水篠は、いつの間にか目には涙を溜めていた。
「ちゃんと、断らないと…」
水篠は言い聞かせるように呟く。
「そう言えば、あの子の名前、なんだっけ…?あの子は、たしか今日日番だった筈だ…」
教室の一番前にある教卓の上に置きっ放しになっている日番日誌を手に取る。
パラパラパラ…
紙が捲れる音が教室に響く。
「あった。これだ…」
今日の日付を見つけた水篠は、息を飲む。
彼女の名前のところには、『眞鍋 美香』と几帳面な字で書いてあった。
「まなべ…み、か……?」
水篠はそっと日誌の少女の名前を人差し指で撫でる。
「ミカ、ミカ…よかった…」
水篠は手を握り込み、勢いよくドアを開けると、告白してきた少女、眞鍋美香を探しに駆け出そうとした。
「きゃっ…」
ドアを開けるとそこには、あの少女がいた。
「美香、ごめん。僕は君を見つけられなかった。あの時、君が手術をすると聞いて外国に行ったきりだと思ってたんだ!」
眞鍋は『ごめん』のひと言に物凄く傷付いた顔をした。次に目を丸くして、最後に嬉しそうに笑った。
「ううん、大丈夫。ゆう君が見つけられなくても私が探すの」
彼女はそっと深呼吸をした。
「…だって、君のことが大好きだから!」