昔はプレッシャーにしか感じなかった期待が、この位置からはそれほど負担に感じられない…

「静時君、お昼ご一緒しませんか?吉乃に予約を取っているのですが」

榊さんが社長室に戻りながら、食事に誘ってくれた。

「懐かしいですね、喜んでお供しますよ」

「お供だなんて…昔と立場が逆ですね。車を回しますから玄関で待っていてもらえますか?」

「分かりました」


車で10分ほど行った所に割ぽう料亭の吉乃はあった。当時よく榊さんと来ていた行きつけのお店だ。
今からは想像も出来ないほど贅沢な物を食べていたなぁと思う。個室に通されオーダーを済ませる。

「今は松茸が美味しいんですよ」

「最近見てなかったですね、楽しみだなぁ」

格式のある高級料亭の個室は和室で、全てが洗練されていた。

「そういえば榊さん、綾子さんはお元気ですか?」

食事が終わり、美味しい煎茶を飲みながら聞いてみた。

「はい、その節は申し訳ありませんでした!」

榊さんがひたいをテーブルにこすり付けんばかりに頭を下げた。

「え、ああ…そうでしたね、あの時は榊さんも大変だったでしょう?」

「はい…いや、いいえ、静時君には誰にも所在を教えるなという約束だったのに…本当に心が弱くてすみません。綾子さんのあまりの必死さに、つい心が動かされて…」

頭はそのままに榊さんは謝罪した。