はじまりは鳴海からのメールだった。

『千歳を口説くことにしたから』

恋人との予定をキャンセルし、朝早く列車に飛び乗って千歳の所へ向かわせるのに、充分な内容だった。
考えるよりも体が動いていた。鳴海と千歳の携帯が電源を切っていて、つながらなかったという理由もある。

「千歳ー!鳴海に口説かれたって本当?!」

千歳のやっている喫茶店にたどり着いた時、店の中にいるのは千歳一人だった。その姿を見て衝動的に口をついて出た言葉がそれだった。
鳴海に先に会っていたら自分は何て言っていたのだろう…

「あ…えっと、うん」

頭の中が白くなる。手遅れだった…何かが壊れる音がする。 何か絶妙なバランスで保たれていた何かが壊れる音…

「千歳…それで千歳はどうする気?オレは鳴海に千歳をとられるのは、すごく嫌なんだけど」

「え?」

「いや、むしろ千歳に鳴海をとられる方が嫌かも…?」

自分で言っててあれ?と思う。けれど、そのどちらも矛盾せず自分の中で同居しているのだから仕方がない。千歳に頭をぶたれ、少し覚醒する。

「さーさー部外者は出て行って下さーい。準備前ですからねーついでに、二度と来ないで下さいねー」

その場を追い払われる。
この時自分の口から出た言葉が衝動だったのか、計算だったのか良く分からない。ただ後悔したくない思いがあった。

「…千歳…オレと結婚しない?」

なんだかオレ、やけに必死だなぁ…こんなに必死になった事ってあったっけ?女性関係で…

「明美ちゃんはどうするの?」

「あ…忘れてた」

本当申し訳ないけど、頭からすっぽり抜けていた。ごめんね、あっちゃん…
塩をカウンターにドンと置いたのを見て、本気で怒らせてしまった事を知る。いつの間にか現れた鳴海が自分の腕をつかんで、店の外へと連れ出してくれた。

「花園…今日はもう、ここには来ない方が良いと思うよ。ヒマなら生島さんの所、今日陶芸教室やってるけど行ってみたら?」

「うん、鳴海ありがとう…オレちょっと混乱してるみたい。頭冷やすわ…」

手にした荷物の重さもわからず、トボトボと歩き出す。
鳴海に詳しく話を聞こうと思っていたはずなのに、今はもうどうでもいい…