「ここから少し歩くけどいい?」

花園は千歳に降りるよう促すと、向こうに見えるゆるやかな坂道を指差した。

「あれ?ここは…」

前に来た事があるような…立てられた看板には、牧場の名前が書かれている。

「当たり〜中学の時、ブラバンの合宿で来た所だよ千歳」

「こんなに近かったんだ、家から…知らなかった」

「懐かし〜よね、あの時はバスで来て、みんなでこの坂登ったよね〜」

花園は牧草が生い茂る丘を見ながら、坂道を先に歩いて行く。

白い木の柵が、ジャリ道の両脇に長く続いている。

「うわ〜けっこうきついね〜この坂くるわ〜」

「はぁはぁ…うん…」

日頃の運動不足のせいか千歳は花園の2、3メートル後ろを付いて行くのがやっとだった。

あの時と変わらない…あの背中を見ながら歩いていた気がする。周りの景色がどんなだったとかは、覚えていない。

ただただ何もなく、一本のジャリ道が続くだけの道…

千歳はふと立ち止まって、心地いい草原の空気を深く吸い込むと、一気に吐き出してみた。

「そう言えば千歳と二人でどこかに行くのって、初めてかな?」

いつの間にか花園がすぐ近くの柵にもたれながら、千歳を待っていた。