4組に押し出されるように、俺達はその場を後にする。
国宝館を出ると、雨は止んだ。
他校の修学旅行も重なっているこの時期、奈良公園でも春日大社でも、かなりの割合で他校の生徒と遭遇した。興福寺では、見慣れない詰襟の男子軍団と並んで歩く羽目になり、不意に、その1人と目が合う。ガンを飛ばしたとか飛ばされたとか言われる前に目をそらし、負け犬のようにシッポを巻いて逃げるのは……俺の方だ。剣持では、こうは行かない。逃げるのは間違いなく、詰襟くんだろう。その剣持率いる軍団と、その先の庭園で合流した。
「ね、ちょっと写真撮って」と、女子から甘えた声で頼まれて、「いいよ」と、気持ち良く応じてやったら、その女子はすかさず剣持の腕を取り、今紀最高の笑顔でピースを躍らせた。
俺は利用されるだけ。
悔しいから、その後ろで恨めしそうな目線を送っている女子も、一緒に写し込んでやる。リアル怨念&ヤバい写真が、出来上がり~。
「興福寺ってさ、しあわせ寺だと思ってた」
「あたしも!ここって、縁結びとかある?」
「神社じゃないんだから。お寺はあくまでも何かの供養なんだし」
また沢村が硬いこと言い出した……という目で、しっとり女子に咎められた。
「あたし、前世が花魁かな?京都に来て舞妓さんとか見ると、ちょっと見とれちゃうんだよね」
「あ、オレも!一緒だ」
「砂田と一緒にしないでよ。それはあんたが前世もスケベだったからでしょ」
剣持以外に2人の男子が居るのだが、このグループ内では、基本けちょんけちょんである。切ない話だ。そして、別に付き合っているという訳でもないのに、剣持は3人の女子に交代で腕を取られ、シャツをつままれ、どこでもまるで鎖を巻かれたように張り付かれている。
これもある意味、切ないな。
決まった相手が居るのか居ないのか。
剣持に限って周囲の噂が落ち着かないのは、こういう状況のせいかもしれない。その剣持がこっそり俺の側にやってきて、「今夜、何か予定してる?ノリとどっか行くの?」
いつになく小さな声で尋ねてきた。「何も決めてないよ」と答える。
「俺らんとこ、来ない?飲めるし」
「マジで?」
バレたらヤバくない?そんな心の声が、剣持には聞こえたのかもしれない。
「大丈夫。ノン・アルコールだから」
背中を叩かれて……それもどうなの?残念。と、わずかに意気消沈。
そこかしこ、剣持セレクトで仲間は声を掛けられ、それに引きつけられるように、女子も名乗りを上げている。
俺と同じように誘われた黒川は、「パス」と、あっさり断った。
周りは、ウソだろ?という反応を見せる。(俺も)
「さっき四国から来たって言う女子高の子と話してさ。ライン交換して。今夜、もしかしたら会うかもしんない」
……三条大橋のスタバ女子はどうすんだ?
黒川は、何とも精力的だ。次から次へと、よくもまぁ。
「俺なんか何度すれ違っても、そんなの1度も無いよ」
つい情けない泣き言も出てくる。
「それはおまえが!どスケベ欲望オーラ全開でガツガツしてっからだよッ!」
永田にだけは言われたくない。って!一体、いつのまに背後に忍び寄ってきたのか。木刀をベルトに挟んで、武士気取りである。
剣持の居る所女子は集まる。恐らくそれを狙ってやってきたに違いなかった。
「今夜はオレも行くぜッ!食いもん買ってやらぁ」と、自分の参戦とお菓子を、頼まれもしないのに剣持に押しつけていた。
意気消沈だ。出来れば、ノン・永田でお願いしたい。
お寺を観光……じゃなくて学習の後、バス集合5時までの自由時間になった。
出来上がっているツーショットはもうどこでも仲良く手を繋ぎ、八橋をお土産に買ったと言い張るヤツは待ち切れずに食っている。
何でそんな物を買うのかという謎の土産が、やたらと目についた。京都でトーテムポール?仏像じゃなくて?それはそれでウケ狙いとしては最高だろうけど。
俺はノリと2人、そこらへんの試食をツマミながら、
「さっき工藤とさ、金出し合ってバレー部に1つ買わなきゃって話になってさ」
「あー、そう言えば、そうだな」
「適当に買っといてくれって僕が言われちゃったよ」
そして一緒に選んでくれと……ボクは頼まれちゃったのかな?
「洋士は生徒会に何か買うの?」
「今、それを考えた」
1人1人に買えば高くつく。まとめて何か1箱となると……阿木と相談して用意しなくてはならない。気が重い。が、これは避けて通れないな。
「僕、あっちのお菓子とか見てくるよ」とノリは1人で店に入って行った。
「どうすっかな」
それは土産の種類ではなく、どのタイミングで阿木に声を掛けようか、である。
その反対、ふと通りがかったお土産売り場に、右川を見た。
仲間をわずかに外れて、1人で何やら小物に見入っている。
そのうちキーホルダーのような物を2つ取り上げ、その2つを比べて、どちらにしようか真剣に迷い始めた。
右川は片方の足のスニーカーを脱ぎ、その下の靴下も半分だけ脱いで、「虫にかまれた~」と、足首辺りを掻き毟った。
バランスが取れないのか、その場でピョンピョン暴れて落ち着かない。
たまたま店に入った俺に向かって、勢い、飛びこんできて、肩に掴まったかと思うと、「かゆ~」と、ひと仕切り足を掻く。
モジャモジャ頭から、ホットケーキのような匂いがした。察するに、食ったお菓子の匂いが移ったのだろう。
「後で、ヨリコに薬もらってこよ」
「あ、進藤ならその先の店で止まってた」
「だから何?さっそくあんたは、おっぱい観光ですか」
偶然側に居た鈴原が、顔を真っ赤にして俯くというウブな反応を見せた。
周囲の全く無関係な一般人は興味深々で振り返る。
「誤解を招く言い方すんな。一瞬で俺の人間性がドン底になったぢゃないか」
「あー、初めて壁が役にたった」と、右川に突き飛ばされて、「ニンゲンセイ、ずんどこから1段上だね。おめでと♪」
「おまえさ、素直に〝ありがとう〟とか言えっつーの」
鈴原もいるんだし、可愛げのあるとこ見せやがれ。
そこに、「仲良いね」と鈴原が、ゆっくりと近づいてきた。
「いや、だから違うから」
「そうだよ!違げーよ」
右川は、すぐさま俺と団結だ。
ここは誤解を解く意味でも、2人を繋いでやろう。そう思った俺は、
「鈴原って色々と詳しくてさ。おまえも教われよ。聞いてて面白いから」
「そういや、さっきの仏像くん。かなり無口だけど沢村より面白かったね」
ゴツい方の仏像ぐらいには、こっちの顔つきは険しくなる。
右川が店頭のキーホルダー群をじっと眺める。
「お土産?」と鈴原が訊くと、「うん」と、どこか恥ずかしそうに右川は頷いた。そういう顔も出来るのかと、こっちはその珍しさを不思議に眺める。
両手に1つずつ、つまんで、「スーさんは、どっちがいいと思う?」
訊かれた鈴原が、「こっち」と指すと、「うーん」と、迷い始めた。
……何だそれは?
尋ねる前から実は決まっているとかいう、女子の面倒くさいアレなのか。
そんな女子モードが右川に存在すること自体、意外である。
「2つとも買おうかな。後でどっちがいいか聞けばいいよね♪」
そう決めて、右川は嬉しそうにレジに向かった。レジのお姉さんに何やら話しかけ……そこで何やら浮かない顔で、すぐに引き返してくる。買うと決めた2つを元あった場所に戻した。
「買わないの?」と、鈴原に訊かれて、
「うん。やっぱやめた」と、言いながらも未練があるのか、その2つをまだまだ眺めている。「アキちゃんのお土産は、他で買おうかな」とか、言いながらも、まだまだ目が離れない。
俺は、入って許容範囲だという距離まで2人にジワジワと近付くと、「山下さん、土産は広島で買ってこいとか言ってたよな」と、邪魔と思われない程度に、何気なく会話に加わってみた。
「アキちゃん、大学は広島だったから。色々と懐かしいんだよ。それで」
「え?あ、そうなんだ……」
それは聞いた事が無かったな。
「さっき沢村くんに聞いたけど、その山下さんって人、右川さんの親戚なんだってね。僕さ、毎朝走ってんだけどその人と時々」
「あ!だったら!帰りに広島で紅葉まんじゅうとか買えよ。テッパンだろ」
俺は少々強引に割り込んだ。
ここで鈴原に、それを全部を言わせてはマズイ。
「うー……ん」
聞いているのかいないのか、右川は、意気消沈。
どうしたどうした?敬愛する従兄弟のお土産選びにも関わらず、迷うのも嬉しいといった女子モードとは程遠い。
そこに海川がやってきて、鈴原を見つけ、「スーさん、もう何か買った?」と、声を掛けてきた。
「まだだけど。陸上部の先輩には帰りに買うから。海川は?家とか」
「ぼくんち?親には仏像の置物にするよ」
「仏像がブツぞうー、とか、寒い事言ってんじゃねーぞ」
鈴原は笑いながら海川に猫パンチを繰り出した。それを受けて、海川も下から軽くフックを喰らわせる。そんな光景を、俺は少々の驚きを持って眺めていた。
鈴原って、これほど雑に絡めるヤツなの?
俺と話している時とはまるで違う反応である。
「鈴原って、部の先輩には何買うつもり?」と、試しに聞いてみた。
「え?あ、そうだな。やっぱり広島で、もみじまんじゅうかな」
「僕もスーさんと一緒で、親には、もみじにしようかなぁ。仏像は止めて」
そこで2人は、何かを探り合うように顔を見合わせ、束の間の沈黙の後、
「「沢村くんは、バレー部には何を買うの?」」
まるで用意された何かを読み上げるみたいに、二人揃って息の合ったハーモニーを聞かせた。
「その辺は……ノリが選んでて、さ」
そのまま2人とは自然に離れて、「もみじと言えば、山村紅葉。じゃなくて、紅葉(コウヨウ)。紅葉(コウヨウ)を見にいコウヨウ~」なる、海川のオヤジギャグを背中で聞く。
「だぁー!頭ん中、もう山村紅葉しか出て来ねーよ」
鈴原の笑い声がそれに続く。
2人は砕けた様子で、冗談を飛ばし合った。
先刻のハーモニーは、あれは何だ。愛し合う2人の奇跡か。
俺は……鈴原らに、はっきり区別されている。
グループも、その性質も、俺らとは違う。俺はそこを線引きして、鈴原らと付き合ってはいない。避けられた訳でも無視された訳でもなかった。なのに、鈴原らとは見えない壁があると、確かに感じた。
さっきまで、鈴原とは何の隔たりもなく自然に話せると感じていたのに。
「スーさん、ちょっといい?」
右川は、今度は鈴原に掴まって、さっきのようにくるぶしを丸出しにした。
「やっぱ痒い」と、撫でるように足をさすり始める。
俺と違って鈴原とは、背丈からして右川とはバランスのとれたツーショットだ。うっかり角度が違えば、誤解を招く程に急接近していると取られても仕方ない。見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
「右川さん、虫にはモテモテだね」と、俺には見せた事もないような無邪気な笑顔でオドけた鈴原は、パチン!と右川の手を額に喰らった。
「僕は虫じゃないよ」と、顔をクシャクシャにして、楽しそうに笑う。
俺の仲立ちなんか必要ない。いつの間に、そんなに打ち解けて……俺は、剣持の時とはまた違った嫉妬感に苛まれた。
こうやっていつの間にか、先輩も後輩も同輩も、手中に取り込んでいく……。