午後は、東大寺から春日大社、興福寺と、寺ばかりを次々に観光。
……じゃなくて、学習する。
京都の6月は、早くも夏。
午後に入ってからは、蒸し暑さが増してきた。空は、雨が降りそうで降らない。雲行きはグレー。そう言えば、梅雨明けって、いつだ?
お寺の中を、クラスで固まってゾロゾロと移動する。
次第にルールも何も無くなってきた。
まともに列を成しているのは1組だけ。2、3、4組あたりはごちゃ混ぜになり、5組6組は一般人に遮られて遥か遠くに追いやられてしまった。
ごちゃ混ぜのついでに、俺はクラスを離れてノリと合流する。
そこに、「うす!」と、剣持までやってくると、やっぱりというか、辺りが急に騒々しくなって、さっそく女子軍団も絡んできた。
「この仏像って、どうなの?この時代のイケメン?」
「イケてるかどうかは別として、オヤジだろ」と、俺は見たままを言った。
「顔がさ、安田大サーカスの黒ちゃんじゃね?」
「パンチパーマは違うんじゃないの?」
ノリはノリらしく、まともに受け答える。
「よく見たら、うちの親父に似てるよ」と、剣持が笑った。
「そう言われたら、剣持もちょっと似てるかも」
「ゴリマッチョじゃ~ん」
「筋肉パねぇ~」
女子は一斉に嬌声を上げて、剣持の腹筋を突ついた。
「これじゃ、あんたらがガチで掛かっても、剣持には絶対勝てないよね」
女子から脇腹をズドン!と攻撃されて、俺はその場にうずくまる。
「てめぇは問題外なんだよ。ダメ出し期待してんじゃねーよ」とノリはその存在すら否定された。剣持と並ぶと、男子はいいように比べられて結構屈辱だ。
だからという訳じゃないが、ノリと一緒に5組辺りに下がってきた。
ここも屈辱と言えば屈辱で……背後には壮大な(?)〝右川ワールド〟が広がっている。
「藤原不比等がぁ~、春日大社を立てようって時に神様がぁ~、鹿に乗ってぇ~、やってきたとかで~」
右川ワールドには、間延びした声で全く要領を得ないガイドが一人、居た。
やたら背が高く、横幅も広い。おかっぱ頭の〝松倉〟がそれである。
相変わらず、粘っこい喋り方で、動きはまるでロボットのようだ。
「神様の使いだから、鹿はイジメちゃ駄目なんだよ」と、折山と名乗るおとなしそうな女子が発言すれば、「ブー!天然記念物だから、イジメちゃ駄目なんだよ」と、進藤が教える。
「だーかーらー、神様の使いだからー、天然記念物になったのー」
松倉の間延び声を真似て(?)、右川がサクッとまとめた。
「イジメられたら、鹿がシカめつら」
海川のオヤジギャグは絶好調のようで、周囲のクソ寒い反応を笑って受け流す余裕まであった。
「ふじわらの~ふひとの~」と、海川が歌い出すと、写真係だという堀口という男子が、「さかのうえの~たむらまろの~」と、乗っかり、そこに、「からの~」と、右川までもが便乗した。
一体それはどこまで続くのか。何故、周りは黙って傾聴しているのか。
あまりの、なぁなぁにもう我慢できないと、ノリは吹き出した。
そこで俺達に気付いて、ロボット松倉が、「やー」
挨拶ともツッコミとも取れない。
進藤が愛想良くニッコリと笑い、折山という女子は恥ずかしそうに俯き、右川というチビは……仏像にも負けない鬼の形相だった。
文句言えんのか。これほど楽しい時間が過ごせるのは一体誰のお蔭なのか!
「あ、スーさんだ」と、堀口が誰だか知り合いを見つけたようで、先を行って4組に紛れた。
「スーさん?あ、僕も」と、そいつを呼んで、海川も堀川の後に続く。
2人に呼ばれて、「春日大社は1300年前、平城京を守るために建立された」と、パンフレットを見ながら説明を始めたのは、スーさんこと、鈴原だ。
真面目な話で海川や堀口と盛り上がっている。
スーさんと気軽に呼び合う所から察するに、3人は元から知り合いのようで。その様子を見ながら、ふと……海川と堀口に、まるで俺達は避けられたように感じたのは、気のせいか。考え過ぎか。
いや、避けられたのは俺達がどうこうではなく、別の可能性もある。
その理由ともいうべき原因物体が、すぐ後ろに迫っていた。
5組と言えば。
「あいつらブッ殺してやる!」
永田が大声をあげて、木刀を振りまわしていた。
そんなもの、どこで売っていたのか。何故、よりにもよって永田なんかに売りつけるのか。今まで何気に平和だったのに、空気が地獄的に淀んできた。
隣にいる黒川が、「おまえがサカると面倒だし。被害者が増えるし」と押さえ込む。(正解)
「オレは重森を許さねぇ!潰してやるッ!会長選でぐちゃぐちゃにしてやるからなッ!」
どうもさっきの新幹線での一件を聞きつけたらしい。
「右川だぁ?チビはすっこんでろ!オレがやる。オレだオレだオレだ!オレが会長で、沢村が副会長だ。こき使ってやるからなッ!」
引き合いに出されては黙っていられないと思ったのか、右川が、くるりと振り返った。(俺も)
「だーかーらー、あたしはやらないんだからー、鹿せんべい喰う?」
「いや、おまえは立候補する。もう引き返せないんだからな」
永田会長の了解も得た事を、ここで晒した。
俺はこの場の全員を証人に、右川を囲い込む。もう逃げられないぞ。
それに1番強い反応を見せたのが、チビとバカではなく、何故か黒川で。
「それって……会長っていうか、生徒会の公認って事じゃんか」
「そうだよ」
事の重大さを理解したか。
この中では賢い黒川が「やれやれ」と長い溜め息をついた。
「なんでそんな余計な事すんだよッ。ばかッ!」と永田が少々遅れて逆上。
「そうだよ!ばかばかばか!」と、チビも並んだ。
ばか、とかって久しぶりに言われた気がする。妙に懐かしい……ぢゃなくて。おまえらはいつの間にそんなに仲良くなったのか。利害が一致する時だけ、団結か。タチが悪い。
「生徒会にはアギングがいるじゃん。アギングを出しなよ」
「だぁッ!」
それには団結できないと、永田は右川の目前に木刀をシュッと振り下ろした。
「あの女は許さねぇ。会長なんかにしたらどうなるか。クラス委員程度で押さえつけとけッ」
「彼女がヒラ委員でも、おまえが敵う相手じゃないって」と、またしても黒川、賢いぞ。それにはチビも、「そうだよ!」と加勢する。
そして、「あ、待ってぇ♪」
遥か先に遠ざかった仲間を追いかけるという口実のもと、逃げようとした。
「右川!」
「は?何?もうお腹一杯っ。鹿せんべい、ゴチ!」
「ちょっと来いって」
俺が向こう側に顎を突き出すと、右川は1度肩を落とし、永田の木刀を奪い、「何様?ブッ潰してやるぅ」と悪態を付きながら、俺の後を付いてきた。
背後からは、「こらチビ!オレのシャイニング・ブレイドは攻撃力3000、バレー部の雑魚モンスターなんかにムダに使ってんじゃねーぞ!」と、永田が詳しく怒りだす。あの木刀、いつか奪ってやるからなっ!
途中、春日大社の御神木を見上げている阿木の側を通り過ぎた。
ここで迂闊な事は話せない。
そこから少し離れた石の階段を降り切った所で、
「おまえな!」
振り返った所、さっきまで後ろを付いて居たはずの右川が居ない。
慌てて周囲を見渡すと、さっきすれ違ったばかりの4組女子グループの真ん中で、あろうことか阿木と雑談に興じていた。
チビの気配は分かりづらい。とはいえ目を離すんじゃなかった!
俺は石段を一つずつ、また駆け上がった。
「任務は何が何でも全うするとか言ってさ、沢村のヤツ、ヒーロー願望が強すぎるんだよね。あいつ、行けー行けーおまえじゃなきゃダメだーとか言われるのを待ってから行きたいっていう面倒くさいタイプだもん」
聞いた風な事を抜かしてやがる。
右川は阿木の隣に座り、馴れ馴れしくその肩に頭を乗せ、甘えるように頬擦りしていた。誰かの八橋を喰らい、阿木のジュースも横取り。そんな舐められた扱いにも、阿木は顔色1つ変えず、右川のされるがままだった。
俺は静かに近づいた。
よからぬ気配を感じてか、周りの女子が一歩後ずさった事に、右川は気付いていない。真上から、俺はそのモジャモジャ頭をワシ掴みにした。
「俺が何だって?」
右川はビクン!と1度体を震わせ、微妙に怯えながらヘラヘラと振り返る。
よりにもよって阿木の前で恥をさらしてくれるとは。
「なにがヒーロー願望だ。適当な事言うな」
「そう適当でもないんじゃない?結構面白かったけど」
俺の悪口で仲良く結託か。どいつもこいつも。
だが、仲良くなんて……阿木の場合は、そう簡単にはいかない筈だ。
「来いよ」
今度は逃げられないように、右川の襟首を掴んで引きずった。
(俺、こればっかり)
右川は、片手には木刀、片手にはスマホ。のんびりメールを打ち始める。
俺は、まず木刀を奪った。石段を降り、辺りに誰も居ない事を窺って、
「いいか。おまえは立候補するんだよ。何でも1つ、俺の言う事を聞くって約束だろが」
忘れたのか。
「知らなーい。食べた事なーい。てゆうか、バカ正直にあんたの言うなりにならなきゃいけないって、そんな決まりは無いんだし」
木刀一本!
俺は右川のモジャモジャ頭に一発お見舞いした。
うぢゃぁッ!
奇声を発し、痛みを堪えてチビがますますチビに縮こまる。
「分かってると思うけど、おまえは永田会長に推薦されてんだからな。生徒会の期待も背負ってる。ちゃんと自覚しろよ」
木刀の剣先を、右川の肩先に乗せた。
俺って最高にキマってる?
そんな勘違いをしそうな程にピタッとなじんでくるから不思議だ。
ヒーロー願望・……いやいや。フザけてる場合じゃない。今回は、かなり真面目な話だ。俺は振り上げた剣先をひとます降ろした。
「新幹線で転がされた女子が居たって聞いただろ。来年の生徒会改選をめぐって、そういう嫌がらせとか有るかもしれないから、おまえは巻き込まれないように気をつけて」
「&%$#$&%&$#♪」
右川は、言葉に困ると宇宙語を繰り出す。これがもう、タチが悪い。
「今回は、ちゃんと聞けって」
「るっさいなぁ。だーかーらー、その辺はさっきアギングに聞いたから」
「阿木に、何て言われた?」
「〝右川さん、あなた、かなり関わってるから気をつけたほうがいいわよ〟」
だってさ♪ 
ドキュン♪
右川は、まるでピストルを構えるように手をあつらえた。それでも阿木を真似ているつもりなのか。右川は、最高にキマってる?とばかりに有頂天だ。
「お前、意味わかってんのか。阿木のそれは〝脅迫〟なんだぞ」
「違うよ〝心配〟してくれたんだよ」 
「何言ってんの。そんな優しい筈が無いんだって」
「またぁ。思い込みで物言ってるし」
どっちがだ。
「アギングは、そんな悪い子じゃないんだって。結構、話の分かる子だよ」
「それは中学ん時の話だろ」
阿木と右川は、同じ中学出身である。その性質は桁違いだが。
「あたしは……そん時はアギングとそんなに仲良くないから知らないけど。今の感じ、悪くないっていうか。普通に話せるっていうか」
「一応聞いてやる。何でそう思う。根拠は?」
「だって、アギングと仲良い子って、みんな性格いい子ばっかりじゃん。咲原ノリコちゃんとかさ」
誰だ、そいつは。
そいつがどういうヤツかなんて、それも女子の事情。
そんな事、俺が知るはずもない。
阿木キヨリは同じ学年。なのに、もう金庫番を1人で任せられる程に有能。
だから会長のお気に入り。行事の度に、段取りの善し悪し、比べるみたいに並べられて……俺の悔しさ、右川なんかに何が分かるのか。
そんな忸怩たる思いと共に、そういえば今まで阿木の周辺がどうとか、そんなの気にした事もなかった。右川が言うなら……にわかには信じがたいが、卑怯な手を使う部類とは違うのかもしれない。
だが、今回はわけが違う。