「朝から仲良いな」と、そこにお馴染みのノリがやってきた。
「洋士はいいな。同級生で同じ学校に彼女が居て。こういう時にいいよなぁ」
「誰が彼女だよ。まだ言うか。感違いすんな」
右川とイジられる……定着するのは避けたい。
「へへへ」と、ノリは無邪気に笑った。「ほんと羨ましいよ」と今度は、俺に向けた時とは全く違う表情を浮かべて、後ろのツーショットを眺めた。仲間内でもお馴染みのその2人は、音楽を分け合って仲良く聴きながら、「今朝ひーくんのパパに誘われてさ、ここまで一緒に乗せて来てもらったんだよね」と周囲にノロけている。仲間内にも、家族にも、仲良く公認で。
付き合い出して3年になろうかという他校の彼女を、ノリは思い浮かべているんだろう。
「こういう時にいいよなぁ。同じ学校は」
「余所でもいいじゃん。ノリには一応居るんだから」
俺は、とうとう彼女居ない歴1年目を迎えてしまった。
そこに、工藤、黒川、いつものメンバーがやってくる。そこに永田の大バカまでもが(呼んでもいないのに)加わる。
「うりゃ!」と、あちこちを突き、叩き、ぶつかり、ガーッと吠えた。
居るよな。
こういう行事になると、待ってましたとばかりにいつも以上に浮かれてハイテンション。よく見ると、前髪が異様に立ち上がっている。まさか、この日に合わせて髪型まで変えたのか。どうにも、イキった感が拭えない。
ドンガラガラガラ!と、いつものように奇声を発しただけでは収まらず、
「お土産、どうすっかな~彼女にさッ」
おーおー、聞こえよがしか。
「おまえらさー、旅行用でも何でもいいから、適当に女作れよ~。ブスでも何でも、この際文句言ってんじゃねーって!」
その聞こえよがしは、周囲の女子を一瞬で敵に回した。そして、今現在彼女の居ない俺、黒川、工藤をも同時に敵に回した。
彼女が居ない男子はその後ろのバスケ仲間にも居るって言うのに、わざわざ俺達を選んで大声でブッ込んで来る辺りが憎々しい。
「朝からうるせぇんだよ。エサやらねーぞ」
永田は、黒川にガツン!と頭を叩かれた。手加減なし。情け容赦無し。いくら永田でも気の毒になる。
こいつら2人は2年で同じクラスとなり、いつのまにか好いコンビとなりにけり。黒川には、そのまま3日間、穏便に調教をお願いしたい所だ。
不意に……永田の肩向こう、その先に重森の姿を見た。
吹奏楽部の恐らく次期部長。
黙っていれば、普通の優等生。よくよく知れば、可愛気の無いスカした野郎。
いつも通り、落ち着き払った態度で、浮かれる同輩を斜めに見ている。
重森は、何やら大荷物でやって来ていた。黒くて長い頑丈そうな、パッと見て楽器ケースのようだが、これもある意味〝聞こえよがし〟と言う事になるのだろうか。修学旅行にまで音を持ち込んで……周囲の顰蹙と困惑を物ともせず、〝熱意〟という、わざとらしいアピールをするつもりなのか。
その時、「クラス毎に並べ!」と先生が大声で整列を促した。
うわ。
ヤベ。
右川をすっかり忘れている!
慌てて辺りを見回すと、右川はとっくに5組の列に並んでいた。
お馴染み仲良しの女子&男子に捕まっていて、突いたり突かれたりしている。
来てしまえばこっちのモノ。仲間の笑顔に鎖を巻かれて、右川はすっかりその輪の中に入っていた。その笑顔は今日1番、自然に映る。ああやって普通にやってれば、普通に好い感じの……と言うか、普通に普通の女子なのに。
俺は一息付いて、3組のクラスの列に並んだ。
俺の後ろに並ぶのは、さっきの、あの〝鈴原翔太〟である。
俺と鈴原は、団体行動では同じ班になり、部屋も一緒。新幹線でも通路は挟んで向こう隣になる筈だ。
俺は首だけで振り返り、「おう」と挨拶してみた。
鈴原は、はにかんだような笑顔を見せて、「うん」と言ったきり、目を泳がせる。
同中で、名前は知っていた。プロフィールも何となく。だが、それ以上は何とも。普段、俺とはそれほど親しく喋る事のないクラスメートである。
思いがけず、親しく口を利く事になりそうだな。右川の反応を思い出して、つい口元が緩んだ。
俺がアクエリアスを飲み始めると、鈴原はそれをどこか物欲しそうに見ている。
「飲む?」と手向けると、「ううん。好いよ。僕も持ってる」
それを証明するみたいに、鈴原は自分のアクエリアスを取り出して、ごくごくと喉を鳴らした。
「やっぱゼロの方だよね。これ、いいよね。僕さ、これが1番美味いと思うんだよなぁ」
思わず握手を求めた。
思いがけず、気が合いそうだ。