「右川さん、ちょっと」
何度目だろう。こうやって右川を呼び出すのは。
それも改まって、さん付け。
またこれも、ぷいと聞こえない振りをしたので、浴衣ごとその首根っこを捕まえて仲間と引き離した。折山という女子と目が合って、ごめん!とばかりに手をかざし、これは非常事態だと目で訴えておく。
暴れる右川を解放したのは、誰も居ない自販機コーナーだ。
「おまえさ、元気無いらしいけど、何かあったか」
実の所、元気がないとは全く見えなかった。
進藤が心配していた事が頭にあって、取り付く島に尋ねてみただけ。
「別に何も無いよ。じゃ」
ぷい!
当然と言えば当然、このまま帰せる訳がない。
「つーか何だよ。さっきから、ぷいぷいと。その態度は」
右川は面倒くさそうに首をぐるっと回した。
「いつかさ、あたしの事、1度も喋った事ない女子だと思えって言ったけど、覚えてる?」
「覚えてるけど……こうなったからには、そういう訳にいかないんだし」
「だーかーらー、あんたじゃ埒があかないから。あたしの方で、あんたを1度も喋らない男子にしたんだけど、どう?いい感じ?」
「またそんな、面倒くさい事を」
「結構、愉快だったけど♪」
「どうみても、それイジメだぞ」
うわぁ~地雷踏んだぁ♪と、右川はわざとらしく頭を抱えた。
「あたしは無視して欲しいなぁ。タオルとか、ぶつけられたくないしぃ」
「あれは永田を狙ったら、ちょっと間違って海川に当たって……ちゃんと謝っただろ」
だーかーらー♪と、右川は、俺の弁解を遮って、
「こうやって喋るからケンカになる、先生にも怒られる、旅行なんかに無理矢理連れて来られる、会長やれとか言われる、海川が被害にあったと聞けばムカつくし!」
畳み掛けるようにブッ込んできた。
「あんたと喋っても良い事1つもないんだよね」
何て言い草だろう。とはいえ、言われるがまま負ける訳にもいかない。
「それはこっちの台詞だ」
俺は身を乗り出した。
「ケンカになれば、俺が先生に人格疑われるし、ケモノを旅行に連れてけって山下さんに頼まれるし、おまえと関わって良い事1つもねーよ」
「だーかーらー、無視しろって言ってんじゃん」
「無視はイジメ。山下さんに訴えるからな」
「うわぁ~地雷♪って……またそこからかよっ」
そこで、右川は急に静かになったと思ったら、訥々と、
「あのさ。分かんないかな。あたしがあんたと喋ってると、海川たちが余計な気を使うんだよ」
微妙な意味合いを含んだように思えたが、「って、そういう意味とは違うから」と、すぐさま全否定。
「海川がどんなに頭に来ても、沢村あいつムカつく!って、あたしの前だと言いづらいって事」
あんたなんかと親しいと思われてる事自体ムカつくけどね、とか言ってる。
そんなの、お互い様だ。
「そういう訳で、これからは仲間の為にも、あんたとは距離を取りたいから、よろくし」
またか。絶交宣言。
一方的に事を突きつけられて、それでも俺は傷付かない男子だと決め付けられている。……いいだろう。
何を突っ込まれても、俺にとって揺るがないものは揺るがない。
「距離でも地雷でも何でもいい。とにかく、おまえは会長に立候補する。それだけ、よろくし」 
右川と静かに対峙した。
これ以上の言い合いは無駄だと思った。
どうあがいても、揺るがないものは揺るがない。
俺は、自販機でコーヒーを買った。
「おまえは?」と一応聞いてやると、「おごり?」と、さっそく来る。
「この展開でそんなミラクル、ある訳ねーだろ。金出せよ」
「だったら聞くな。いらない。飲みたくない」
とか言いながらも物欲しそうな右川を尻目に、俺はコーヒーを一気飲み。
「あのさー……へへ♪」
コロッと右川の態度が変わったかと思いきや、奇妙な笑みを浮かべてやがる。
「ちょっと提案ですが♪」
来た来た。こういう時は構える。
いつだったか、ハンデ下さい♪とニコニコとやって来て、何やら企んだ時と似ているからだ。
「旅行の間だけでも、生徒会の話は止めてくれない?」
「おまえが気持ちよく引き受けてくれたら、そうしてやるよ」
「そ?じゃ、気持ち良く引き受けますが」
「マジで?ハッタリじゃなくて?後で、知らないよ♪とか言わない感じ?」
バレたか……という顔に、右川さん、見えますが。
右川は一瞬の苦い表情の後、真っ直ぐに俺の目を見て、
「もうさ、旅行が全然楽しくないよ。だーかーらー、そういう話は一旦、中止。帰ってからやればいいじゃん。そうじゃないと本当に家に帰る。生徒会もやらないって、もうここで決めちゃうけど」
その言い方から察するに、まだ交渉の余地はあると?
確かに、この3日間でどうにか説得できるというものでもない。
「分かった」
俺は、一時中断を受け入れた。
「だけど、周囲にはマジで気をつけろよ。何が起こるか分からないから、誰の挑発にも乗らないように」
右川は、「分かった」と、ここは素直に頷いた。
珍しい事もある。
〝俺と右川が一致をみた〟
浅枝のように和気合々とハイタッチとはいかないだろうが、俺的にはかなり譲って……勇気を出して、同志の拳を突き出してみた所、右川はそれを、ぷい!と反らして行ってしまった。
その態度は、無視と、どこが違うのか。
行き場を無くして止まったままの、その拳を、俺は自販機に叩きつける。