再び、剣持部屋に呼び戻されてみると、女子が……2倍以上に増えている。
ドアを開けた途端に、甘い匂いが膨らんでドッと押し寄せ、一瞬、廊下に吹き出されそうになった。
男子は増えてはいないようだが、永田一匹で、これが充分ウザい。
さっそく俺を掴んで部屋に引っ張り込み、仲間の輪の中に投げ込んでくれた。
「てめー!さっき見たぞッ。チビと2人で、なに乳繰りあってんだよッ!」
久しぶりに聞いたな、それ。中学時代、うっかり口走った担任が居て、女子にドン引きされた最低の下ネタである。
「何もねーよ!」
現物がまず存在しねーだろ。
そこで、女子の1人が、
「ねね、3組の進藤ヨリコちゃんて居るじゃん?」と来る。
「さっきそこに居たよ」
「あの子、おっぱい可愛いね」
女子は、自分の言動を恥じて真っ赤になっているのか。
いや、そうは見えない。多分、酔っているんだろう。
そうでなくては、ここまでなまめかしい暴露なんか出来ないと……信じたい。
そういう暴露は1部の男子を喜ばせた。(男子の1部、かもしれない。)
「さっき一緒にお風呂だったけど、先っちょ、こういう色だったよ」
女子はギャル雑誌の洋服を指さした。そこら辺の男子の目が一斉に集中する。モデルがピンクと白のグラデーション・ワンピースを着て、その桜色が淡く、柔らかく……俺は……もう、まともに進藤の顔を見れない気がする。
言葉に詰まるという男子の反応を、「やだーもう、最低!」と、人でなし呼ばわりで、女子は楽しんだ。
そのうち、「もうすでに薄っすいよね」と支倉先生の頭をイジり、「アラサーは無理してる」と吉森先生の化粧レベルを否定し、「オレは見たッ。男子のデカいランキング!」を永田が勝手に始めて、その場に居ない男子を引き合いに出し、「あいつはまだ毛が生えてなかったッ」とか、「あの顔で勃つまで10秒だったッ。速攻!」とか……そうか、風呂ではそんな辺りを確かめていたのか。
俺の居ない所で、俺は永田にどうイジられているんだろう。怖くて聞けない。
そこで急に永田が立ち上がった。何故か、バレー部員が勝手にセレクトされる。
〝どこで、誰が、誰と、何をした〟
単純にそれぞれが書いて見せるというゲームが、勝手に始まった。

学校で、教室で、体育館で……と、俺は第一声を周辺でまとめた。
安倍総理が、トランプが、永田会長が……と、黒川は権力者を追及する。
黒川と、 剣持と、永田と……と、ノリは真っ当に仲間の名を連ねた。
エロ本を買った。ヤリまくった。オンナを取り合った……最後の碌でもないオチは永田の担当だった。

〝学校で〟〝安倍総理が〟〝黒川と〟〝エロ本を買った〟
盾に読めば、それぞれ突拍子も無い駄文になる。永田は、これが女子にかなりウケて満足のようだ。駄文とはいえ3つ目の、兄妹でオンナを取り合うあたり……さっき宮原に聞いた話が頭をよぎる。(さもありなん)
これが最後だッ!と言って作った駄文が、
〝修学旅行で〟〝イケてる男子が〟〝沢村と〟〝買い物した〟
となった。「てことで、行ってこいよッ」と、永田に命令されて(最後はそれを狙ったな!)、俺が買い出しに行く羽目になってしまう。
「僕がイケてる男子って事でいいの?」と、ノリが嬉しそうに付いてくる。
いーよ。いーよ。
まっすぐ1Fに降りたら、土産売り場で、右川のグループを見た。
「あ!右川さん」と、ノリが真っ先に見つけて声を掛ける。
てゆうか、あれでよく右川だと分かったな。
「なんで浴衣なんか着てるの?」
さっそくノリに問い詰められている。やっぱり、まるで似合わない。どこで調達したのか、胸の合わせをピンで留めていた。
「ジャージ。旅行カバンに入れるの忘れちゃって。今朝、慌てちゃったから」
ノリには、自身が原因だと理由を説明していた。
さっきは俺のせいにしたくせに!
「ばたばたして。おまえの往生際が悪いからだ」
右川は、ぷいと俺を横切ってその先に行ってしまった。態度悪いゾ。
俺はノリと飲み物を買い込み、お菓子を見繕っていると、その周辺をチビがうろちょろ。様子を窺っていると、またしてもキーホルダー群を物色しているようだ。
そこに、浴衣姿の海川が近づいて来た。
「まだ決めてないの?」と声を掛けている。
「うん。もうちょっと見てからね♪」
「土産は広島で買うんだろ?」
俺が割り込んだら、右川はぷいと横を向いて、「あ、折山ちゃぁ~ん!」と、甘い声を発して横をすり抜けて行った。……今度は、無視か。
そこに、折山ちゃぁ~ん!がやってきて、「八橋って、こんな味があるの知ってた?」と、つまようじで試し食いを仲間に勧めた。
折山という女子は、昼間の印象そのままに、大人しそうな……確か、谷村アムと仲良くて、同じ体操部で、バイト三昧とか。ピアノとか。
と、そこに、示し合せたように谷村アムがやってきた。
「遅いから見て来いって言われちゃったよ」
「あー、ごめん」と、ノリが頭を掻く。
「あ、アムちゃん」「折山ちゃん」と唐突に名前を呼び合い、「知りあい?」と右川に訊かれて、「同じ体操部だもんねー」と2人仲良く笑顔で頷き合った。
こうして見れば、似た様な雰囲気がある。成り行き上、2人は仲良く八橋の試食を始めてしまう。ゾンビ取りがゾンビになった瞬間だった。
「アムちゃん、部活の先輩にどうする?」
「適当に選んで、後でみんなでお金割ろっか。ノッコ達にも相談しなきゃ」
「八橋もいいけど、明日の紅葉まんじゅうも捨てがたいよね」
「そしたら紅葉も買わない?八橋も小さめの箱にして。京都バージョンと広島バージョンみたいな」
聞いていると、谷村は、藤谷らと一緒の時よりも積極的で、口数が多いと感じた。折山に向けては、自分から自然に言葉が出ている。もしかしたら、藤谷らと居る時の谷村は、どこか無理をしているのかもしれない。
「アイス買おうかな」と、折山と谷村が言いだした。
ノリが、「あ、僕も食べたいな」と、便乗。
折山が、ずっとキーホルダーに夢中の右川に、「カズミちゃんもアイス食べない?」と声を掛けた。右川がすぐに反応して、「わ♪」と笑顔を向けたものの、すぐに萎んで、
「……ど、どうしよっかな」
何故か迷い始める。そして海川の浴衣の袖を引っ張った。
「海川ぁ、おごってぇー」
こら。
「甘えるな。いい加減にしろ」
海川に向けて、さっきの罪滅ぼしの意味も込めた。右川は、ぷい!と来る。
これは一体何なのか。まさか、冷たくして気を引くとかいう、女子の面倒くさいアレなのか。何で俺が引かれなければならないのか。
「カズミちゃん、どのアイスにする?」と、折山にせっつかれて、
「やっぱいいや。お腹一杯だし」
「だったら、おごれとか言うなよ。人騒がせな」
「仏像には言ってませんが。てゆうか、あんた生徒会でしょ?こういう時こそみんなに、おごんなさいよ」
「生徒会だから金を出す、そんな決まりはないんだし」
おごるおごらないで俺と右川が揉め始めたことを気にしてか、「右川さん、僕がおごってあげるよ」と、とうとうノリが名乗りを上げてしまった。
右川は、「マジで!?」と大喜びでノリ飛び付き、もうさっそく折山と一緒になってケースを漁っている。お腹一杯とか言っときながら。
「やばい。10円足りない。洋士、持ってない?」
何で俺が?
「10円ぐらいおまえが出せよ」と右川を突いた。またしても、ぷい。態度悪い。ノリも困ってるし、仕方ないから俺が10円出した。
俺以外の全員がアイスを喰い、俺だけが余計な金を出す。
そして、俺は一口も貰えないのか?
しきりに試食ばかりを探して彷徨っていたら、「ほい」と寄越されたノリのかき氷を、大きく、ひと口。「40円分は食われた」と、ノリが撃沈。
「最初から素直にくれてたら手加減してやったのにな」
それとほぼ同時に、「ひとつ食べる?」
ピノを刺して寄越したのが……谷村アムだった。谷村にだけは、お礼を言って1粒もらった。何でもないバニラが、すんげー美味しく感じる。
俺は何も言っていない。それなのに海川が怯えながら、「た、食べる?」とスプーンにひと口乗せて、まるで生贄のように差し出してきた。
「あ……いいよ」
そんな最後のひと口を。
右川のアイスが、「当たった!もう1本」らしい。
それをノリに、「あげる♪」と渡した。
「あげるじゃなくて、返す、だろ」
「何か仏像が、ぶつぶつ言ってますが」と、右川が、ぷい!
そこで、「仏像がぶつぞ~」と、海川がお馴染みオヤジギャグをかまし、「しょーもない」「ずこー!って感じ」と折山と谷村を笑わせた。
そこで海川と目が合う。
「あ、ゴメン。つい」と、何故か俺に向かって詫びた。
「いや、俺は別に怒ってないけど。ていうか、仏像じゃないから。俺は」
海川らとの壁は、簡単には崩れそうにない。もう諦めどきなのか。
「そろそろ戻らないと、食うもんが無いって暴れ出すかも」
ノリと谷村は買い込んだ袋を提げ、部屋に向かった。
てゆうか、俺が2人にそうしてくれと頼んだ。
右川グループも引き際を迎えているようだ。
「松倉んとこ、行こっか♪」とか、言ってるし。