黒川から意味あり気に探られるほど、俺と右川は怪しく見えるのだろうか。
「どうって、どうもないよ。全く何も。あるわけないだろ」
繰り返してしまうあたりが自虐的だな。
「ふふ。あのチビに、ヒーロー気取りでウザいとか言われてなかった?」
藤谷に聞かれたか。思わず舌打ちが出た。
それどころじゃない程、普段から散々イジメられているんだと、ここは右川を売り飛ばして、周囲に同情を誘ってみる。
「今日だって〝あんたより仏像の方が面白い〟とか言われるし」
すると、その場のほぼ全員が爆発的に激笑した。「あぁ!?」納得いかない!
やべーやべー、仏像とチビ、やべー……周囲が囃し始める。
黒川が身を乗り出して、
「あれ何?おまえ最近、やたら右川を口説いてるじゃん」
「バカ言うなって」
実は来期の生徒会長に推していると、誤解を解く意味でも、周囲にちゃんと説明してみた。
それを聞いた男子は、明後日の方向に、「へぇ~」だし、女子はあからさまに、「ふ~ん」と、ツマんなそうにお菓子をポリポリやる。
言うだけ無駄なのだ。周りはそれほど学校政治に興味なんか無い。
バスケも吹奏楽も居ないこの集団では、盛り下がるだけである。
そこに砂田が戻ってきた。
ノリが、「ちょっと出てくる」というので、便乗して、俺も一緒に部屋を出る。
剣持が居れば、ハイレベルけちょんけちょんに言われっ放しも無いだろう。
「ちょっとあいつに電話してくる」と言って、ノリはエレベーターを途中で降りた。嬉しそうに消えた……純粋に羨ましい。マジ感心する。俺が知りうる中で、最高に優しい男子だ。俺が女子だったら、ノリを放っとかない。
俺はノリに放っとかれて、土産売り場を覗き、新聞なんかを開き、京都のテレビを珍しく眺め、その後あてもなく旅館をさまよっていると、狭い通路のその先、右川が1人、何故か浴衣姿、壁にもたれ、扉の前に座り込んでスマホをイジっている。
何かと尋ねると、「ここ」と、後の扉を指さした。
〝貸切露天風呂〟
「今、1番の方に海川が入ってるから。見張り」
海川は、さっき被ってしまった泡を流しているという。「そうか」
「ついでに、ゆっくり入ってるよ♪」と、それは良しとしてやりたい。
聞けば、その隣2番の貸切に、右川自身もついさっきまで入っていたというから……これには遠慮なく唖然とした。
「別にいいでしょ。誰も居ない時は自由に入っていいって書いてあったし」
「それは一般人だろ」
それより、「その格好、どうしたんだよ。ジャージは?」
「忘れた」
「何ぼんやりしてんだよ」
「あんたが!出るとき急かしたからだよっ」
これの一体、どこをどう聞けば、口説いていると取れるのか。
右川は1つ溜め息をついて、スマホを閉じた。
「今からでも帰れるかな。まだ新幹線あるよね」
溜め息が、こっちにも伝染した。
「ここまで来て、何言ってんの」
「だって全然楽しくないし」
「山下さんが居ないだけの事だろ」
「それだけじゃないよ。どこ行っても生徒会生徒会って突っ込まれるし、海川はイジられるし、タオルぶつけられるし、だよ!」
言い訳はしたくないけれど、「永田は……俺1人じゃどうにもできないよ。タオルは偶然で」と、自己弁護ぐらいは許せ。
「いいよ、別に。あんたには最初から何も期待してないから」
右川は立ちあがった。
浴衣が、その身体には長すぎて合っていない。裾が乱れて、たるんで、どこかダラしなく見える。ところが本人は、長さより何より、胸元の合わせばかりを気にして……無駄な事だ。
たとえうっかり広がったとしても、どこが胸なのか分からない。
おまえが気にするほど周りは見ちゃいません。
「まぁ、帰るね♪って、あんたにいちいち報告しなきゃって、そんな決まりはないんだし」
だーかーらー、勝手に黙って出ていく……とか言い出した。
「わがまま、言うな」
なだめたり説得したり怒ったり……気が付けば、俺は今朝の山下さんと同じような事をしているな。
右川はまたスマホを開き、しばらく眺め、またすぐに閉じた。
何の連絡を待っているのか。言わずと知れた、山下さんだろうな。
俺は少し考えて、
「おまえさ、広島に行かないまま帰っていいのか。いまここで帰ったら、山下さんと、懐かしい広島の話が盛り上がらない。ここまで来て勿体ないだろ」
右川の身になって考えたつもりだ。右川はじっと1点を見つめている。
「な?」と俺が駄目押しすると、「うん。まぁ」と渋々ながらも頷いた。
これはある意味、確かに口説いていると言えるかもしれないな。
その時、隣の隣、3番目の貸切露天風呂の扉が静かに開いたと思うと、中から浴衣姿の輩が顔を覗かせた。うちの男子だった。浴衣姿とはいえ、その顔には見覚えがある。
「あれ?碓井……」
目が合って、碓井は「やべ」と苦い顔をして見せた。さっきまで同じ場所で笑っていたと思ったのに。そう言えば、いつの間にかあの場に居なかった。
その碓井の背後から、ぴょんと1人の女子が顔を覗かせた。
剣持に戯れ、笑顔で写真を撮り、入学当初は俺に気があったとか言った……ミユキ。そう言えば、おまえも消えていた。
「おまえら、ここで何やってんの」
言わずとしれた、か。
碓井は、開き直る覚悟を決めたのか、「びっくりだし」と、あくまで陽気に飛ばしてくる。
「それはこっちの台詞だろ。おまえらが、そんな事になってたとは」
剣持が知ったら何て言うか。
「みんなにはしばらく黙ってて。藤谷には。ね?」
ミユキはお願いポーズを取った。
「そりゃ……さ、チクりはしないけど」
そこへ、「2人共、顔がのぼせてるよ。仲良く真っ赤だね♪」と、右川が好奇心丸出しで飛び込んでくる。まだ居たか。一瞬だけ、存在を忘れた。
「あたりまえでしょ。さっきまでお風呂入ってたんだから」
ミユキは言ってもしょうがない言い訳を。
「あとさぁ、2人共、浴衣もずいぶん皺くちゃだね♪」
「それは旅館のせいって事で、もう許してやれよ」
何故か俺が間に入って、庇う。
「そうだよ。これは旅館のオバちゃんのせいなんだから」と、何故この期に及んでまでも、ミユキは自信満々で嘘八百、言い張るか。
右川じゃないけど突っ込みたくなるな。
ミユキは碓井にもつれながら、「あんた達の事も黙っといたげるからさ。隣りの檜風呂って、どんな感じ?2人には狭い?あ、右川が半分だからちょうどいいのか」と、俺と右川を舐めるように眺める。
「おまえらと一緒にすんなよ」
「そうだよ!」と、ここは右川も一致団結。
「違うの?だって右川が浴衣着てるから、てっきり」
そこに救世主とも言えるべきか、風呂上がり、こざっぱりとした浴衣姿で海川が出てきた。周囲に驚いて、説明を求めるように右川をジッと見ている。
ここで何故ミユキは、右川と海川を誤解しないのか。
「なーんだ、ツマんないの」
ミユキは碓井を引っ張り、「行こ」と、そそくさと行ってしまった。
言われっぱなしのまま、俺達は取り残されて。
「何だよ、あれ。な?」
同調を求めた所、右川はぷい!と俺を無視して、まっすぐ海川に寄った。
「早いじゃん。ゆっくり入ってていいのに」
「右川が待ってるって思ったら、そういう訳にもいかないって」
「いや、ここで出てきてくれて、俺的には助かったけど」
おう、と愛想良く手を上げたら、海川はビクッと反応して、辺りをキョロキョロと見回し、「他にも誰か居るの?」とやけに怯える。
誰も居ない。
そう聞いても、海川は落ち着かない様子で、右川の背後へ隠れた。
「沢村。あんたが居ると余計なモノまで付いてくるから。もう消えて」
行こ!と、右川に引っ張られて、海川は一緒に立ち去った。こっちも仕方なく立ち去るけど……納得が行かない。海川は、俺に対してあそこまで怯える必要あるか。永田なんかと同一視されている事にも、釈然としなかった。
仲良く色違いの浴衣姿で一緒に歩く2人の背中を、しばらく眺める。
チビと小デブ。
見た目、バランスのとれたツーショットと言えるだろう。お似合いだ。
誤解された相手が海川でも、そうだよ!一緒にすんな!と、右川はきっぱり拒絶するのか。相手が海川なら、そうだよ♪とか歌いながら、にっこり堂々と腕を組んで見せるかもしれない。態度違い過ぎ……いや、別にいいけど。
海川、頑張れ。そのまま広島まで捕まえておけ。
3組の自分の部屋のフロアに戻ると、扉の前に進藤が1人で居た。
「ね、沢村くん」開口一番、「カズミちゃん、大丈夫かな」と来た。ざっくり。
「カズミちゃんがね、なんか今日一日中、ちょっと元気無いって言うか」
「そうか?」
さっきの様子だと、帰りたいと言う以外は、いつも通りのように見えた。
敢えて言うなら、俺が生徒会生徒会と連呼するから旅行が楽しくないと……右川が言っていたな。それを進藤に話す。
「いきなり会長やれとか。確かに無理言ってるかもしれない。気をつけるよ」
無理も言うけど、ちゃんとメンタルも気に掛けている。
そんな話の分かるクラスメートとして、進藤には認めてもらいたい気がした。右川グループで唯一、壁の無い進藤には!
進藤は、にっこりと笑って、
「てゆうかね。ほら、アキちゃんとかいうお兄さんと連絡が取れないから。それでだと思う」
学校政治に興味がないのは、何も剣持グループに限った事ではない。
とはいえ、さすがに落ちる。
「お店は休みのアナウンスが流れてるのに、携帯に掛けても出ないって、何か心配してるみたいでさ」
山下さんは家に居ない。
これは、右川にとって都合の悪い現実を突き付けるかもしれない。
帰ったら、修羅場か。
「その……カズミちゃんが会長って、本当?」
いくら興味無いとはいえ、進藤の意識には、さすがに引っ掛かったらしい。
「うん。俺が推薦する。生徒会も応援する」
「マジで?」
「うん。大マジ」
進藤は首を傾げて何やら考えた後、
「何かピンと来ないなぁ。でも本人がやるって決めたならやらせなきゃだよ。こっちも応援しなきゃだね」
あいつの友達とは思えない。真面目だし、きちんとしてる。(胸もある。)
「応援とかって話になったら、真っ先に進藤に頼みに行くよ」
「うん。あ、でもカズミちゃんが逃げないように捕まえる係は、あたしには無理だからね。それは松倉で」と進藤が敬礼ポーズで、おどける。
少々フラつくのを見て思わず笑った。
そこで剣持から、『助けてくれ~』と、嬉しそうなメールを寄越されて、進藤とはそこで別れた。