剣持の居る2組。男子の6人部屋は和室8畳間。俺とノリが入ると、大人しく荷物をまとめていた男子は全員、すごすごと出て行ってしまった。
そこに黒川がやってきた。せぇへん?どころじゃない盛り上がりを期待しているのか、何やらさっきと違う匂いがする。
「やっぱサムライ。京都だし」と笑った。黒川が何を言ってるのか分からなくて首を傾げると、「あ、俺もそれだ」と剣持が親指を突き出す。
聞けば、有名な香水らしい。正直、そんな事の何が楽しいのか分からない。
おまえら、女子か。
「永田は?」
「あー、バスケ部の女子トークに乱入してるらしいけど」
黒川によると、盛り上がっているようだ。
女子は盛り下がっているだろう。宮原も、多分その中に居る……。
「あれが高知の女子高ちゃん?」
ベランダで、藤谷という女子が向こうの旅館を眺めていた。黒川が、藤谷に背中から貼り付いて、「あそこ、ブスばっかでさ」と優越感を誘っている。
その変わり身、凄いとは思うが感心はできない。
「あ、そうだ。永田のヤツ、後で来るって」
それを聞いて、一人の女子が、「えー……やだぁ」と泣きそうな声を上げた。
〝谷村アム〟というその女子は体操部で、同じ体操部仲間と2人で来ている。
聞けば、永田がちょっかいを出しているとかいう女子らしい。
丸顔におかっぱ頭のその女子は、体つきも、どことなく丸っこい。
笑ったり驚いたりで、目が大きくなったり小さくなったりと、くるくると表情が変わる。まずまず愛嬌のある女子だと思った。
永田は、こういうのがタイプなのか。永田が今付き合っている彼女とは、似ても似つかない。理想と現実は、かくも違う。
この場で、今のところのメンツは、剣持、砂田、碓井という3人の水泳部男子と、藤谷を含む、ユエ&ミユキといった仲良し3人組の女子。そこに、丸っこい谷村アムとその友達。黒川。俺とノリ。
……あれ?
「工藤は?」
「言っといたけど。旅館を間違えてんじゃねーか」
黒川のそれに、女子が一斉に吹き出した。「やだぁ、もう!」とか言ってる。
大して面白い事でも無いが、いつもより1トーン高い嬌声が響く。
「誰か呼んできてやれよ」と剣持が言えば、「優し~」と、藤谷を始めとする3人組が冷やかしを入れた。
黒川から命令されて、当然のようにノリがメールを送る。
優し~とか、誰か言ってやれよ。
この集まりに来たがらない男子は、かなり居るだろう。それというのも、ここに至っては剣持の総取り、女子の剣持目当てが露骨だからだ。今も、先を争うように剣持の隣を陣取り、サムライだとかいうその香りを、バンド仕込みのデカい声と共に堪能している。
別格の、剣持ユミタカ。
水泳部。筋肉マン。とにかく声がデカい。親が会社の社長で金持ち。家もデカい。愛嬌のある顔立ち。優しくて面白くて気前も良くて、ほどほどに真面目で、バンドなんかもやってるから適度に弾けてる。
ここまで揃えば、確かに、別格だ。俺らは相手にもならない。
剣持がベランダに消えた途端、
「アコもエリも、剣持の事、狙ってんだよね。後で来るとか言ってたけど」
「浅木とか知ってる?生意気な1年。毎日のように写真撮りに来んだよ。うざ」
「噂では、金井さんも塩原さんも井上さんも。こないだもさー」と、その3人組が剣持をカラオケに誘っていたとかいないとか、
「無料券あるとか言ってさ、ワザとらしいよね」
「あいつら、男の前だとコロッと態度変えちゃうようなビッチだよ」
どうにも……悪口の方に盛り上がってきた。
俺達も共犯にされてはかなわない。そこに何も知らない顔で輪に戻ってきた剣持が渡してきた〝果実桃しぼり〟をひたすら飲んで誤魔化した。
ネーミングはジュース。中身はアルコール5%。
愛嬌のある八重歯を覗かせて、俺に向け、剣持はシャッターを切る真似をしてみせる。「これで共犯だ」と笑うのだ。
「だーかーらー、チクらないって。俺は」
飲みやすさに騙されてはいけないと忠告はするかも。少々回ってきた。
「阿木さんとかも、怪しくない?態度違くない?剣持にはさ」
「阿木が?ウソだろ」
俺は思わず割り込んだ。
阿木は基本、男子を人間と思ってない気がする。剣持も然り。
「あたし見てれば分かるよ。砂田なんかと、ぜんぜん態度違うもん」
「そんなの、おまえだってそうだろが」
突っ込んだら、「やだ~」と、またまた嬌声を上げた。
喜ばせたつもり無いけど。
「ねぇ、砂田って……何でギターなんか始めたのかなぁ」
「金無いくせにさ」
「それで、バイトやりだしたらしいよ」
「だったら、たまには何かオゴれって感じだよね~」
なんつー言い種だろう。おまえらが気付かないだけだ。何か買ってくると言い残して、砂田は消えていた。この場に居なくなった途端、剣持以外は言いたい放題。うっかり席を外したらどうなるか。うっかりトイレにも行けない。
「あいつがギターやってくれるって言うから、メンバー集まったんだし。応援してやれよ」
どんなに言われ放題でも、こうして剣持に庇ってもらえるなら、この場にない砂田も本望だろう。
「ねぇ」
藤谷に、俺は肩をちょんと弾かれた。藤谷はその昔、俺とデキてると噂にされた前科がある。原因は、藤谷の、この思わせぶりな態度だ。
「進藤さんとか、米沢さんとか、折山さんとか、安西さんとか、あのへんってどうなの」
どうなの?と言われても……これまた思わせぶりな言い方である。
どの子も知っているだけなら知っているし、進藤に至っては同じクラスだ。
「あの辺の女子ってさ、彼氏とかいるの?」と剣持にまで突っ込まれた。
「見た感じ、そういう種類じゃなさそうだけど」
と、それぐらいしか、俺は情報を提示できません。悪しからず。
ユエという女子が手を上げた。
「折山さんなら、あたし同じ体操部だよ。でもあたしはよく知らないな」
折山という女子。
確か、右川の友達に居た。あのグループで1番、おとなしそうな女子。
そこから谷村という女子に向けて、「アムちゃんが、折山さんと仲良くない?」と振った。
「折山ちゃん、バイトばっかりだよ。彼氏がどうとか聞かないよ」
「そういう子は、そのバイト先に居るんじゃないの?」
「うーん。土日はピアノと塾で。出掛けてる感じもないけど」
「永田が、体操部で誰だか言い寄ってるって聞いたけど、それってその折山とかいう子?」
ユエという女子は、ぷっ!と吹き出すと、「だから、それはアムちゃんだって」
「もう、やだ!」と谷村は、また頭を抱えた。
谷村アムは、よっぽど嫌な目にあっていると見た。(分かる気もする。)
「ふふ。ねぇ、松倉さんとかは?2組のさ」
藤谷のそれには、絶妙なニュアンスを感じた。女子が爆発的にドッと湧く。
「無い無い無い!」
「ありえない!」
「あれは女子じゃないよ。ドラえもんだよ」
「もうさ、何言ってんのか分っかんない。お経読んでるみたいでさ」
「お風呂でも豪快だったよ」
藤谷は、そこで剣持だけこっそり何やら耳打ちして、キャハハハ!と笑った。剣持が言葉に詰まるなんて、よっぽどの事だろう。
「胸はあるよね。横綱級で」
女子の格付けと嘲笑はまだまだ止まらない。
話題沸騰中の松倉という女子も、右川と友達である。横綱とツブ。
これも対照的な2人だ。
閑話休題。
……ここだけの話。
「あたしさ、入学してすぐん時、沢村の事ちょっといいなって思ってたよ」
「え、マジで?」
全然、気付かなかった。そんな話。
そして俺の隣に、ミユキという女子がいつの間にかやって来ていた事も。
「好いと思ったの、最初の一週間だけ」とか言ってやがる。
「秒殺ッ」と、そこに黒川が突っ込んだ。
……ここだけの話。
「浅井さんも芳井さんも、沢村の事、一時期ちょっと好さ気とか言ってた」
2人共、割りと好い感じの女子である。どっちもはっきり、フリーだ。
「そういうのさ、早く言ってくれよ」
「確かめてみようかって言ってるうちに、あんた彼女出来たし」
あの頃か。今はもう、すごく遠い事のような気がする。
「それってさ、今からでも遅くない……とか?」
「いや、あれから1ヶ月もしないうちに冷めたとか言って」
「なんだそれ」
俺がツブれたのを見て、黒川だけが笑った。
「だから、それを早く言ってあげた方がいいかなと思って」と、ミユキが言うと、やっぱり黒川だけが笑った。
「終わった事だろ。どっちもワザワザ言わなくていーよっ」
どういう羞恥プレイだ。罰ゲームか。そして、それは一体俺の何が原因だったのか。それは今からでも問い詰めたい気はする。
「ムッちゃん、元気?」
唐突に、谷村という女子がノリに話し掛けた。
話題に上らないノリに気をつかったように思う。
香西ムツミというのがノリの彼女の名前だ。高校は離れてしまったが、中学時代から付き合い始めて、今に至る。浮いた噂も、浮かれた話も、校内ではどちらとも無縁のノリだが、彼女とは1番順調だ。
ノリは照れくさそうに、ムッちゃんと出かけたらしい場所の話をした。
「ところでさ、おまえって右川と、どうなってんの」