「これから参戦!」と、黒川は、やる気満々で、剣持の部屋に向かった。
俺が1度自分の部屋に戻ってみたところ……誰も居ない。
廊下に出た時、進藤と合って、
「沢村くん、お風呂どうしたの?もう3組終わったよ」
右川と違って、真面目か。規則に則った健康的なジャージ姿である。
そしてやっぱり、大きな胸に目が行く。
〝おっぱい観光〟……右川のヤツが、また余っ計な事を言うから!
いくら自分が凹んでるからって、男子の前で、それも友達のそれを堂々と引き合いに出すというデリカシーの無さ。
それは女子として、そして友達としてどうなのか。
「どこ見てるの?」
進藤に覗きこまれて、俺は慌てて目を逸らした。さっきの余波も手伝って、一瞬、進藤と宮原が、首だけすげ変えて妄想が始まりそうになる。
そこに、阿木の女子グループがジャージ姿で通り掛かった。
目は合った。それだけ。
風呂上がりだろう。髪の毛が濡れている。見ていると、何気に恥ずかしいのか、頭をくるっと撫でて向こうに行ってしまった。
土産、どうしようかな。まだ何も話していない。
〝沢村と阿木は犬猿の仲〟
そう周知の事実のように語られてしまうと、いまさら何を歩み寄ろうかといった感情からはどんどん遠ざかってしまう。嫌いか?と聞かれても答えに困る。そんな〝困る存在〟ではあるかもしれない。
右川の言うように、悪いヤツじゃないというのが例え本当であったとしても、阿木が困る存在には変わりはないから、性格が悪いなら、より困る存在として、より一層距離を取るだけだ。
右川が会長になり、3役を指名するとなったら、阿木をどうするだろう。
俺と阿木では、チームとしてお互いがやりにくい事は一目瞭然だ。
あの調子だと、右川に切られるのは、俺の方かもしれない。
これだけ心を砕いて尽力した俺が、何1つ報われないとは。納得いかない。
大きな窓から中庭日本庭園に目をやると、そこに意外な人物……重森が居た。
すぐ横の松が眩しいばかりにライトアップされていて、ちょうど顔が陰になる。例の楽器ケースが無ければ、あれが重森と分かったかどうか定かではない。
重森はその楽器ケースを抱えて、今だ制服姿のまま。風呂はどうしたのか。
クラスメートと、無邪気に裸の付き合いを楽しむ重森は想像できないけど。
外灯にぼんやり照らされたそこには……よく見ると、重森1人じゃない。
誰だか、女子が居る。
青いシュシュ、とかいうリボンで2つに留めた長いツインテール。ジャージから察するに、うちの女子。2人は、親しげとも取れるような取れないような。見ていると、その女子が一方的に喋っている。
重森と目が合った。
射抜くような目線。一瞬の険しい顔付き。女子がこっちを振り返ろうとした所を重森が制して止めた。女子はツインテールを翻して、向こうに消える。
重森も楽器ケースを抱えたまま、女子に続いて消えた。
あの女子は誰だ?吹奏楽に、あんな長いツインテールが居ただろうか。
とうとう重森にも春が来たのか。次に会った時、追及してやるか。
(気が向いたら)
俺はノリを見つけて5組に紛れると、一緒に風呂に向かった。
少年野球時代からノリとは裸の付き合いだ。小学校時代からこんな事は慣れっこなので、ここで改めて騒ぐ事でもないと、お互い思い切りよくパッと脱いで、何を隠しもせず洗い場に乱入した。泡だらけで体を洗って、冷水を頭から被る。
本気でクールダウン。やっと、何もかもから解放された気分になる。
そこに……永田がやってくる。呼んでもいないのに。
何を隠しもせず、というか、あからさまに周囲に向かって振り回しながら、「オレ様の肉棒~♪」と、陽気に歌う。そしてどこを洗いもせず、「ぃやっほーい!」と、そのまま風呂にダイブした。周りの迷惑顧みず、派手な水音をたてて頭から沈み、ゴロゴロと回り、悠々と泳いで、湯船でひとしきり大暴れ。
その後、
「熱ッ!煮えるッ!」
湯船から飛び出して、やっぱりというか俺とノリを見つけて、近寄って来た。
油断すると、何かされそう。ずばり、こっちの貞操が危ない。
案の定、しれっとやって来て、「沢村くぅ~ん」と背中に雑に触れてきた。
「キモいから止めろって」
何を企んでいるのか。警戒。警戒。
永田は椅子を持ち込んで、俺とノリの間に強引に割り込むと、仕切りと石鹸を泡立て始める。嫌な予感がして、心持ち警戒しながら髪の毛を濡らしていると、「オレが洗ってやるよッ!」と髪ではなく、いきなり局部を掴んできた。
「止め!」
腕を叩いて突き放すと、「何だよッ、使ったばっかだろッ。洗ってやるって言ってんだよッ」と、まだまだ頑張る。それが何だかヌルヌルして、まるで永田の手が3つにも4つにもなって自分のそれを刺激しているような感覚に襲われて……俺は、桶の水を永田に浴びせて突き離した。
永田はブルブルと犬のように水飛沫を振りまいて、
「沢村ぁ、さっき誰だか女子と仲良く歩ってたんだってッ」
ヒヤリとした。誰だか知らないが、チクってくれたか。
「どこの女子高だよッ。いつの間にッ。オレ様に何の断りもなくッ」
察するに、俺の相手が宮原だとは……知らないらしい。
「四国から来てる女子高が隣の旅館に居るんだって。黒川がナンパしに行ったけど、その女子?」
関わりたくないという態度でゴマかしていたノリが、やけに説明的だが援護してくれた。
「いや、ここらへんの子で。ちょっと話しただけで」と、今はそういう事にしておく。後で黒川に突っ込まれて、どの子だ!と追及されたら困るし。
「京都のオンナだぁ?エロいぞ、こらポンコツ。くそバレー部員!」
宮原から、あんな話を聞いた後だから尚更思うのかもしれないが、恐らく永田は解放できない色々を、ここでこうやって放出しているのかもしれない。
その苛立ち、分からなくもないけど。
「どうなんだよッ。味わったのかよッ。へへへッ。生の八橋はッ?」
ウザい。
ウザい。
まだまだエグる永田を、シャンプーの泡に紛れて無視!
俺は、ひたすら髪を洗う事に集中した。
中途半端な悶々と、永田のヌルヌルのお陰で、こっちの局部が微妙に刺激されてしまい……そこを見られるとまた永田に何を言われるか分からないと、シャンプーの泡で誤魔化し、シャワーで流した後はタオルで姑息に隠しながら、俺は湯船に飛び込んだ。
ノリの隣に落ち着いて、今はのんびりと沈む。
湯船がやけに広く感じた。そう言えば、男子は俺を入れて10人も居ない。少なすぎる。確か5組と6組が一斉に入浴の筈なんだけど。
「他のヤツらって、どうしたの?」
「黒川は、1組と一緒に先に入ったみたいだよ」
女子を股に掛け、会いに行くのに必死で急いだのか。段取りがいい。
「後の男子は、何て言うか」
ノリが言う事には、永田バカが入ると聞いた途端、かなりの男子が飛び出して行ってしまった、と。貞操の危機を感じているのは俺だけじゃなかった。
洗い場に、右川の仲間、海川は居た。
海川は、永田に目を付けられないように気を使っているのか。
コソコソと洗い場の隅っこで、仲間の堀口と一緒に縮こまっている。
「うりゃ!」
案の定、永田に目を付けられた。転がされ、局部にボディソープ砲の攻撃を喰らって……それはケガする程の大暴れでは無い。だが海川が嫌がっているのは一目両然で、事が事ならイジメとも取られるだろう。
しばらく静観を決めた俺だが、そのうち永田の放出する泡爆弾が湯船にもガンガン飛んできて、こうなってくると黙っている理由は無いとばかりに……正直、理由が出来てホッとした。
「静かにしろよ!うるせんだよ!」
風呂場に大声を響かせて、濡れたタオルを永田めがけて投げつけた。
「ディフェーンスッ!」と、永田はそれを素早く避ける。
あ!
俺の放ったタオルが海川の顔面に当たった。……1番起こってはいけない事だ。
俺は慌てて、すぐに湯船を飛び出す。「ごめん!」
海川の身体を起こしてシャワーを渡してやると、海川は泡を拭いながらヨロヨロと立ち上がり、「いいよ。いいよ」と縮こまりながら、半分泡まみれで、堀口と一緒に逃げるように浴室を出て行った。
永田にはイジられ、沢村にはタオルを投げつけられた……これが右川に伝わったら、それこそ鬼の首でも取ったように責められて、「あんたみたいな悪魔の居る生徒会なんか金輪際関わりたくもない」と断言されてしまうかもしれない。
切られるのは、俺。あたし家に帰る……それも目に見えている。
俺は、海川の忘れものと思しきタオルを手に取ると、水気を拭き取るのもそこそこにジャージを被って海川を追い掛けた。外のロビーを見回すと、ちょうど5組の女子軍団に隠れるように海川達が居る。
「さっきは、ごめんな」
タオルを渡すと、「あ、うん。ありがと」と海川は素直に受け取った。
怒っているようには見えなくて、少なからずホッとして……そこに、まだ制服姿の右川もやってきた。
「わ!頭、泡々じゃん。どしたの?」
俺を横目に理由を言いたくても言えない様子で、「ちょっと、さ」と、海川は答えを曖昧に濁す。
そこに堀口がやってきて、「部屋いこうか」と、海川を引っ張って連れ去った。
「何かあったの?」
海川から右川に、どんな風に伝わるだろう。
永田が……と、他人のせいにも出来ない。
「ちょっと、さ」
結果、俺も曖昧になった。
その時の言い訳を考えながら、ノリに引っ張られて……というか、ここはひとまず逃げようと助けられて、その場を後にした。
男子のいざこざは、女子には知られたくない物。それは海川も同じだろう。海川にとっても、みっともない話な訳だし。
ノリと俺はそのまま、剣持の集まりに顔を出した。